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スキー&スノーボード2004-2005

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他人のことに関心を持たない人は、苦難の人生を歩まねばならず。他人に対しても大きな迷惑をかける。…

 「他人のことに関心を持たない人は、苦難の人生を歩まねばならず。他人に対しても大きな迷惑をかける。人間のあらゆる失敗は、そういう人たちの間から生まれる」


 ウィーンの心理学者アルフレッド・アドラーの言葉。ちょっと長い言葉で大げさのように思うが当たっているように思う。

他人に関心がない
 他の人に関心を持たないということは、他の人がどのような考え方をしているかや、何をしたがっているか等を知ろうとしないということ。極端に言えば、他人への興味がなく自分のことしか考えない自己中心的な考え方をした人だと言えると思う。

迷惑をかける
 他人に関心を持っていないため、他人の考えていることを理解することは難しくなる。そのような状況では自分の都合でしか行動しなくなり、自分が他人に迷惑をかけていることに気が付くことは難しい。関心がないので迷惑がかかっていることすら気が付かないのだ。

苦難の人生
 自己中心的な考え方をしていれば、他の人から少なからず敬遠されてしまうだろう。そして本人は何故そんなことになるのか理解できず。自分だけが何故上手く事が運ばないのかと思うようになり、人々に八つ当たりをするようになるのではないだろうか。


 人は一人では生きてはいけないようだ。

以上
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by ma2mura | 2005-04-06 09:13 | 面白いと思った言葉

いじめる教官の役をする人

 「いじめる教官の役をする人」


 大学の時の厳しい教授の話。教授は「後になって楽しい思い出になる。」と言っていた。生徒のために厳しくしている風に言っていたように思う。

いやがらせ
 実際教授の話は本当になった。会社に入社し大学の先輩と話す時も、その厳しかった教授の話で盛り上がったりした。彼の厳しさは、理不尽な厳しさも伴っていた。同じレポートを持って行ったとしても、彼の気分によって合否が決められたりしていた。

わざとなのか
 彼のアシスタントをしていた友達に聞くと、その教授はストレスのためか十円ハゲができていたようだった。彼が自のままで行動していたのであれば、十円ハゲができることは納得できないのではないかと思う。僕の推測では、彼は誰もが嫌がる「厳しい教官役」をかってでているということになる。

共通の敵
 厳しい教官が一人の敵として認識され生徒間で共通の敵となる。共通の敵を見付けた時人は協力体制を取り始める。この協力体制は、敵が排除された後も強い信頼関係として残ることになることが多い。そして戦ったという思いは、同じ時期に戦っていなくとも戦った思いは世代間を超え共通の思いでなることもあるのではないだろうか。敵に対して自分はどのように戦ったのかとかで話しが弾む。

厳しくできる
 敵として認識されている人は敵だから周りから敵扱いされる。つまりろくな待遇を受けないということだ。そんな損な役回りをやってくれる人は、なんて親切な人だろうと思う。これこそ見返りを求めない親切なのだと思う。感謝すべき愛される人なのかもしれない。


 とは言っても話した感じ嫌な人だったのが正直な感想だったりもする。


以上
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by ma2mura | 2005-04-05 08:49 | 人について

感情のスピード

 「感情のスピード」


 ちょっとあまりされたことがない慣れていないことをされると、人は物事を理解するのに時間がかかることがある。

慣れないこと
 あまりしゃべったことのない人と話すときや、あまりされたことがない慣れていないことされると戸惑いが生じて、あまり正直に行動することができないことがある。たぶん、相手がどのようなつもりで行動されているのかの理解に時間がかかるのではないだろうか。慣れていれば、だいたいのことが予想できるので時間はあまりかからないのだろう。

後になって
 何か言われて後になって怒り始めることがある。これは言われている時は言われていることに手一杯になってしまって、その場を納めることしかできないでいる状態で、後になって頭の中を整理することができて、言いたいこともはっきりしてくることで怒りなどの感情が大きくなってくるのだと思う。

後で違うことで怒る
 言われた時に言い返せずにいた思いは、後になって怒りが高まってしまうことがある。この高まった怒りは、タイミングを逃してしまっていて直接は言えないことが多い。となると、違うことに使って怒り始めるのだ。

何を怒っているのか
 全く関係がないことで怒っている人をなだめることはかなり困難だ。怒りの本質は別にあるので、怒っていることに対して謝ったとしてもそれは許してはもらえないだろう。また、本質を見せないように怒ってしまうので、本質は何かがわからないので怒られる側は、その本質を改善することが難しい。


 物事はゆっくり話す必要があるように思える。

以上
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by ma2mura | 2005-04-02 20:52 | 考えたこと

物事には本来善悪はない。ただ我々の考えいかんで、善悪が分かれる

 「物事には本来善悪はない。ただ我々の考えいかんで、善悪が分かれる」


 シェークスピアの言葉らしい。絶対的な善悪というものは存在しないということなのだろう。

絶対的
 善悪という概念は、自然が作った概念ではなく人が作った概念だと思う。人が作った概念であるため不完全で絶対的な概念ではない。絶対的な概念でないため、時代や場所、そして善悪を考える人それぞれ等により異なる善悪の概念を持っているだろう。共通するところは多いかもしれないが、細かなところでは人は皆異なった善悪をもっているように思う。

悪いことをした人は悪人
 悪いことをした人が悪人で、善いことをしている人は善人ということに一般的にはなると思う。一時の過ちにより悪いことをしてしまった人は、自分が悪人に成ったと思い込み、その後自分で自分を悪い人だと決めつけて悪人になってしまうことが多いのではないだろうか。もし、悪いことを善いこととして説明することができれば、その人は善人になってしまうこともあるかもしれない。


 今の時代何が善いことなのか、何が悪いことなのか判断がつかないことが多い。でもやっぱり悪いことはしたくないなぁ。

以上
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by ma2mura | 2005-04-02 05:20 | 面白いと思った言葉



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