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スキー&スノーボード2004-2005

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知る人は言わず、言う人は知らず

 「知る人は言わず、言う人は知らず」


 よく知っている人は言わないけど、よく知らない人ほど言うという諺だと思う。

知らないから言う
 よく知らないことは話した方が良い。よく知らないことは、多くの場合に勘違いしていることが多いので、そのことについて話すことによって人に間違えを指摘してもらえる可能性が高い。正しい知識を得る上で必要な動作だと思う。だから、知らない人ほど話したがるという習慣ができているのだと思う。ただ人から嫌がられるのはそのことを自覚していない場合、つまり自分が間違っているのに正しいように言う場合に多い。

知る人は言えない
 何もいじわるで言わないわけではない。周知の事実だと思って説明する理由がないと思っていて言わない可能性がある、つまり言う必要を感じていないのだ。他にも説明すると話しが細かくなって長くなるから説明をするのを断念してしまうこともあるように思う。中途半端な説明ほど、勘違いを招くものはないと知っているのだ。

すべてを知る人はいない
 僕の知っている限りすべてを知っている人はいないと思っている。だから、本当に知っている人はいないのだ。だから、自分が知っていても謙虚な態度でいる必要がある。また謙虚すぎても問題がある。間違いを知っていても、それを指摘しないでいることは罪になるのだ。知る者の態度は難しいのだろう。


 何かを知ることは義務を伴うことが多い。


以上
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by ma2mura | 2005-01-30 11:33 | 面白いと思った言葉

反射神経

 「反射神経」

 反射的に動く神経のことを反射神経と呼ぶのではないかと思う。

運動の反射神経
 運動に反射神経を利用することが適していると思う。スポーツの殆どは、反復動作なので反射神経が多く使われる。考えなくてもそこそこ体が動いてくれる。考える必要があるのは練習時の方だと思う。目的を考えて練習をこなしていくことがスポーツでの反射神経をこなす一つのやり方だと思う。

運動意外にも
 反射神経は特別運動に特化している神経ではないように思う。例えば九九などもそうで、小学生の時に訓練することで反射的に言えるようになる。言葉を話すのも、反射的にやっているので反射神経だといえなくもないように思う。口げんかをした時に、反射的に考えるよりも先に口が出てしまうこともあるだろう。

反射でしか動かない
 人はたいがいのことを反射で行うことができる。年をとればとるほどに、体は学習して反射でできることを増やしていくだろう。新しいものを取り入れていかないと、段々と考えずに反射で動くようになる。そして反射でしか動かなくなると、考えることをしなくなってしまう。考えることをしなくなるとボケが始まるのではないだろうか。年をとると頭の回転が鈍くなるというのは、考えることをしなくなるからなのかもしれない。

理由を考えない
 反射でしか動かなくなればなるほど、考えることができなくなる。脳も筋肉と同じように、退化するのだ一度なくなった筋肉を再度使えるようにするには、大変なリハビリをしなくてはいけない。同様に考えなくなった脳を使えるようにするには、筋肉よりはましかもしれないが、かなりのリハビリが必要だ。

人間関係
 人が生きていく上での問題で上位に占めるは、人間関係だと思う。人との関係をよりよいものにしていくことを考えることは、非常に難しい問題でそれをすることにより人は健全でいられるのかもしれない。常に「若さを保つこつは恋愛」とどこかの女優が言っていたが、ある意味恋愛が一番難しい。恋愛を我が物としようとすることこそ、脳の活性化につながるのではないか。


 人は神秘に満ちている、しびれるくらいのシステムを自然に身に付けている生物だと思う。

以上
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by ma2mura | 2005-01-28 19:41 | 考えたこと

正確な説明は曖昧に

 「正確な説明は曖昧に」

 簡単な事であれば問題ないのだが、複雑なことになればなるほど曖昧になり始めてしまう。政治家の話しや学者の話しが曖昧なのもその辺にあるのだと思う。

文字数が長くなる
 正確に説明する時は、細かいことまでが重要になる。細かいことまで正確に説明する場合には、どうしても文字数の増加が否めない。短い言葉で端的に説明することができることもあるが、短い言葉の場合は勘違いされる可能性があり、誤解される可能性が高いと思う。危険を避けるためには、つい文字数を増やしたくなってしまう。

文字数が長くなると読めない
 文字数が長くなり始めるとどうしても読む気がうせ始める。会話であれば、長い説明は聞くほうは辛く眠くなってしまうし、途中に質問をはさみたくなったり意見を言いたくなる。これらを避けるためになるべく文字数を減らす必要ができる。それに細かい関係なさそうな話しを聞いていると読みたくなくなる…。

境界条件
 知識を増やせば増やすほど、多くの場合についての可能性を考えることができるようになる。このような場合になれば、境界条件を設定できれば、ある程度のことは曖昧でない説明ができる。しかし、境界条件が設定できない場合には、曖昧な説明になってしまうことになる。

少ない可能性の記述は省略
 正確に説明するということは、テーマから考えられる可能性を考えられうる限り考える必要が出てくる。しかし、文字数が限定されてしまうので、重要でないと思われることは省いて説明することになる。つまり例外等の少数の可能性については、省略する必要が出てくる。そこで出てくるのは、断言を避けた言葉遣いになる。言い切ったりしても、強調のレトリックである可能性も出てくる。

結果として
 正確に話そうとすると、曖昧な言葉に似てくることが多い。わかったようなわかんないような話と似てくる。つまり、よく知っている人とちょっと知っている人との言葉が似てくるということだと思う。ということは、どっちでも良いということだ。


 だから、色々な人の話を聞くのは面白い。


以上
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by ma2mura | 2005-01-27 15:10 | 考えたこと

こだわり

「こだわり」

 人には一つはこだわりというものがあった方が良いと思う。

こだわり
 こだわりというのは、何かを大好きだということに近い気がする。大好きだからこだわってしまうのだと思う。大好きなものがあるというのは大切なことだと思う。しかし、こだわるあまり見えなくなることがあることも事実だと思う。

こだわりがない
 こだわりがないというのは客観的であるといえるのではないだろうか。客観性を求める場合に何かにこだわっていては成り立たない。客観性を求めるのであれば何かにこだわることはやめた方がいいと思う。やり方しだいでは、こだわりを持ったまま客観性を維持できないこともないとは思うが高度な技量が必要になるだろう。

創造力
 ものを創造する力は、何かのこだわりがないと難しいと思う。大好きな何かにこだわり何かを創造するのだと思う。こだわりが創造力の源のように思えてならない。こだわりがないと客観性が高すぎて、何かを成そうという発想が低くなってしまうのではないだろうか。何かをしたい強く願う主観が存在しなくてはならないと思う。

趣味
 こだわりとは時に趣味いう形を成して現れる。何かしらこだわりがないと趣味というものができないと思う。何かにこだわって色々しているうちに趣味という形になるのではないだろうか。多趣味な人は、何かを創造する力を持っている気がする。そして、人の人生を楽しく生きるコツでもあると思う。


 こだわりすぎると狂信的になってしまうのではないだろうか。どこからが狂信なのかの判断は難しいと思う。こだわる自分とこだわらない自分を作ることができれば理想的なのだが…


以上
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by ma2mura | 2005-01-24 18:16

携帯で使えるQRコード作成2

携帯で使えるQRコード作成

 以前に紹介したQRCodeを無料で使えるサイトは、いつのまにかなくなってしまっていたようなので、新しいところを探してみた。

Q作くん - QRコード作成

 前のと違い直リンクでの対応はできないのですが、普通にQRCodeを作成することができます。そして便利なのは、各携帯メーカー用のQRCodeを作成することができます。


以上
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by ma2mura | 2005-01-24 05:52 | 挑戦

幽霊

 「幽霊」

 成仏できない魂が現世に残って、生きている人の前に現れるてしまうこと。

幽霊は成仏できないと現世に残る
 幽霊が成仏できないと思うのは、現世の人の思いだと思う。つまり、幽霊になった人が現世に未練や恨みがあると現世の人が思い始めることを意味する。すべては、「幽霊が」ではなく「現世の人々が」であることが多いように思える。周りの人が成仏したと信じることができれば、幽霊は怖くない仏様になり成仏したことになるのではないだろうか。

幽霊に呪われる
 呪われるということは、幽霊に対してやましいことがあるからだと思う。生前幽霊に呪ってやると言われていたとしたらどうだろう、幽霊になって呪ってくると想像してナーバスになってしまうことはないだろうか。幽霊を信じてなくても、そんなこと言われれば気になってしまう。そして、悪いことがあるとその呪いのせいだと思い始めてしまう。思いこんでしまえば、後は恐怖が増幅し始める。

周り
 周りも当然だと思っていると、それは本人にもその思いは届いてしまうことが多い。人の思いは言葉の端々に滲みでてしまうものだ。周りに周知された呪いは、本人にとってはより強烈に信じ始めてしまう。そして、周りも本人たちの気づかないレベルで少しずつ嫌がらせをしてしまう。

お祓い
 人々の思い込みで呪いがおきるのであれば、お祓いで呪文とか唱えてもらうとかお守りとかを使うと逃れることができることが考えられるだろう。だから、そういうのは信じることから始めのが一つの方法だと思う。たぶん、効果が現れるだろう。


 人とは複雑な生き物だ。だから、現代の科学のレベルでは推し量ることがまだできないのだろう。

以上
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by ma2mura | 2005-01-23 16:37 | 考えたこと

危機管理について

 「危機管理について」

 ここでいう危機管理は企業と産や部署での危機管理のことを書きたいと思う。企業が倒産に陥る前や、部署での企画が失敗する前に担当の人や部下の人達はそれの問題を薄々感ずいていることが多い。だが、失敗してしまう。

現場の声
 様々な企画などがあるが、これらを実際に行っている人は問題点を熟知していることがある。その現場の声を聞かない理由は、上層部には現場には知らないことを知っているために意見があっても、それは理由があるとだけ説明し意見を聞こうとしないことが多いために起こることだと考えられる。また、単に現場の人を馬鹿にしているがために聞かないこともしばしば。

消防士とかを参考に
 欧米ではちょっと前に危機管理システムを導入するための消防士などの、命がけで仕事をしている職場を参考にしていると書いた本を読んだことがある。消防士などは、現場で気が付いた小さなことでも命にかかわるので、現場の声が重要になってくるということらしい。

マインドが大切
 日頃から、コミュニケーションを大切にすることのようだ。具体的な方法についてはその本を少ししか読んでいなかったためにわからないが、きっと心がけってのが大事なのだろう。日々小さな変化を全員で感じ取っていくことが大切と書いてあった。

普通の企業の現場
 命をかけることのない、まだ終身雇用が少し残っている企業の現場の人の意見は、言っても言わなくて給料はあまり変わらないし、日本だと特に問題点を上に言うことは給料が減ることを意味する。そんなリスクを冒すだろうか。命を懸ける現場の人は上の言うことを納得しなければ、自分の命に関るため上に説明を求めたり改善を求めるだろう。

普通の企業の上司
 命をかけることのない、まだ終身雇用が少し残っている企業の上司は現場の意見を聞くことができるのだろうか。年をとっている人であれば、現在の現場の仕事のやり方がIT化が進んでいて理解できなかったりするのではないだろうか。あるいは、自分が現場の時代の上司の真似をしていることが多いのではないだろうか。上にたったら自分の人の意見などを聞かずに、自分が正しいと思ったことを実行するということなのだろう。それはそれで必要なのだが、バランスが重要だと思う。


 必要に駆られない限りシステムを変えることは難しい。危機管理などというものは、高度経済成長の時代には不必要であった。そして、その慣習を受け継いで今があると思う。
 このことを考えているとゴーンさんは凄い人だと思う。

以上
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by ma2mura | 2005-01-22 03:24 | 考えたこと

当たり前

「当たり前」

 小学校5年の時に坂下君に「そんなの当たり前だ」と言われたのが印象的だった。

当時
 当時坂下君に何を尋ねたかは、覚えていないが何か質問を投げかけた結果だった。疑問の答えが「当たり前」という回答はまったくの期待はずれで、疑問を持つことが間違いのように言われたことになる。当時の僕は、当たり前について疑問に思い始めた。

当たり前
 算数や理科とかもよく考えると有識者から見れば「当たり前」のことだと思う。どこからが、当たり前でどことらが当たり前でないことなのだろうか。僕がだした結論としては、自明すぎて答えることができない、或いはそれについて自明すぎて考えることがないからだと思う。

考えない
 物事の多くを当たり前だとして考えることをしない。ある意味素直に物事を受け止めているようすで、それ以上考えることをしない。例えば、昔の高校等の校則などがあげられると思う。意味の良くわからない校則などがあり、それを当たり前に思って生活をしていた。疑問ししても校則だから守るのが当たり前と言われてしまう。

本当は理由がある
 当たり前と言われることでも、すべて理由があるのだ。このような場合に自明すぎて説明の価値がないと判断されることが多い。これは本人にとって自明すぎて説明が困難なのでこのような判断をとるのだと思う。そして、多くの素直な人は当たり前なんだと納得してしまい、そのうちにその人の中でもそれが自明となることが多いのだろう。だから、あまり説明を求めることはしないのだ。それが習慣となり多くの人が興味すら抱かなくなるのだろう。

理由を求める理由
 当たり前を他人に強制あるいは要請するときに、納得して行ってもらうために必要になる。納得しないままでは、たいていの場合効率が悪くなることが多い。「そういうの先に言ってよね」ってことがよくあるだろう。また、理由を聞いて実行に移すときには、より細かな作業を行ってもらえる可能性が高い。

当たり前を説明する
 当たり前のことほど説明することが難しい。また当たり前を上手く説明することができるのは、真に当たり前のことを理解している人だと思う。そういう人達は、当たり前のことが基礎的なことなので重要であることを知っているように思う。だから、当たり前のことほど説明してくれる可能性が高いと思う。意地悪な人は教えてくれないことがあるかもしれないが…


 納得して行動することは、気持ちよく行動できることだと思う。

修正:
「当たり前」からの修正
 本当は理由があるの項目内
 当たり前を説明するを追記



以上
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by ma2mura | 2005-01-19 22:58

女にシートベルトをさせない男

 「女にシートベルトをさせない男」

 彼女とドライブに行くときに、助手席にいる彼女にシートベルトをさせない男がいる。男は、女が自分を信じてくれていると思って嬉しいらしい。

男のために命がけ
 女は男のために、命がけで自分が信じていることを証明しているらしい。女は男の運転を信じているから安心して乗ってられるということを言いたいのだ。危険の少ないことで、自分が危険をかえりみないことを主張しているのは、本当の危険があった時にどうなるのかが疑問に思わないのだろうか。

男はいつでも守ってやると思っている
 男は自分の運転技術が優れているということと、それを評価して女が自分に命をあずけてくれていることに満足するようだ。いざとなったら、シートベルトがなくても自分の運転技術でカバーするか、自分がシートベルトの代わりに助手席に手を伸ばして女を守ろうと思っていると言っていた。

事故
 ある程度予期できる事故ならば少しは可能かもしれない。だが、予期しない事故はどうするのだろうか。僕は、後ろから玉突き事故に巻き込まれたことがある。そんなに大したことはなかったが、自分の身に何が起こったのか良くわからなかった。こんな場合は、すぐに事故が起こったことにも気が付かない。このような場合を想定しているのだろうか。もしも、その時に自分の彼女が隣にいて、ムチウチにでもなったら一生大変なことになる。

自分の身を守るのも相手のため
 危険に際して、自分の身を守ることも相手のためだと思う。相手のせいで自分が危機的状況になってしまった場合に、そこで自分の身を守ることができなかった時は、相手がそれを知るときっと落ち込むだろう。そうしないためにも自分が安全であることは重要なことなのだ。


 自己満足に酔うのも良いだろう。でもその時は、それによるリスクを知っている必要がある。自分に酔ってるときは、気が付かないのかもしれないが…


以上
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by ma2mura | 2005-01-18 22:30 | 考えたこと

依存する人

 「依存する人」

 知り合いの女の子の彼氏のことだ。話しを聞いた時に感じたのは、女の子みたいだという印象だった。

ずっとつながっていたい
 携帯電話のメールとは偉大なもので、希望すれば常に相手と一緒にいる感じを維持することができる。仕事中であっても、仕事によっては暇な時間を見つけてすぐにメールすることは簡単にできるのだ。その彼氏は、監視業務なので仕事中はかなり暇で常に彼女とメールしているという話しだった。休日の殆どは、彼女と過ごし一緒に居ることができない時には、電話かメール。彼の中心は彼女だった。

これって愛?
 これが愛されているということなのだろうか。愛する人と一緒に居たいと思うのは、愛ということだとは思う。愛を語るのは難しいが、二人が望めば愛になるとは思うが、どちらかが望まなくなればそれは狂気なのかもしれない。その彼氏は、連絡がとれなくなると不安になり疑心暗鬼になるらしい。束縛ということだ。そして、強い感情を彼女に見せる。

女の子によくある
 この依存する状態というのは、女の子によくある状態だと思う。メールにすぐに返事をしなかった時に、かなり怒られるのは良くある話しだ。それを大きな心で包んであげるのが男の包容力というものなのだろう。女の子が感情をあらわにする時は腕力もないので比較的問題がないが、これを男でやられると手を上げてしまう可能性が高いと予測できるだろう。

普通の男
 男は何かを作りたくなったり、くだらない遊びに夢中になったりするものだ。女の子に夢中になったりすることもあるが一定期間を過ぎればたいていは落ち着き、自分のやりたいことに集中しはじめることが多いと思う。逆に偏見かもしれないが女の子は、男のために色々することを望むので依存が強くなると思っている。これが、男で起きたの彼氏なのかもしれない。つまり彼女に求められるのは、男の包容力ということになる。


 昔恋愛の達人のような女の子がいた。その子がある時、「疲れる恋愛はだめよ」と言っていたことを思い出した。


以上
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by ma2mura | 2005-01-15 20:00



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