ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

<   2004年 08月 ( 26 )   > この月の画像一覧

嫌なことを言う人

 小学校の時に、嫌な奴がいると聞いた。そのうちに彼と同じ班(6人ぐらいのグループ)になった。彼と接してみると、彼が嫌われている理由がわかった。彼は人の嫌がることを言う人だったからだった。でも、嫌なことを言わない時の彼は、お節介だけどいい奴だった。

嫌われていた理由
 嫌われていた理由は、上にも書いたとおり、嫌なことを言う点にある。嫌なことを言われて気持ちよく思う人間は少ない。そのままで、当たり前のことです。

嫌なこと
 嫌なことを言う人というのは、まず人が嫌がることに気がつくことができるということになる。つまり、敏感な感性の持ち主であると考えられる。きっと、いいところにも気がつくことができるのだろうが、気にしていないか、恥ずかしがりやで言えないのだろう。人があまり気がつかないことまで気がついてしまう、一つの才能である。

 嫌なことっていうのは、人には触れられたくないことなどである。または、「忠言耳に逆らう」といいますが、忠言だったりします。聞くことが苦痛のことです。

嫌なことを言える人
 嫌なことを言う人は、言い方を変えれば嫌なことを言える人とも言うことができる。もうちょっと変えれば、嫌なことでも言わずにはいれない人とも言えるのだが、それはそれ。

 人が嫌がることでも言う事ができる、お節介な奴なのだ。そんなこと言わなくてもいいのに言ってしまう。人は、気がついてしまったことを言わないでいることは難しいです。見返りもなく、人に嫌われることをわかってながら(これは微妙だけど、わかってなくても効果は同じ)言う事ができるのはいいことだと思う。

言い方が問題
 嫌なことを言う人の問題点は、言い方である。同じ内容でも、いいやつはもっと上手く言う事ができるのである。この辺をしっかり勉強する必要があるだろう。方法を一言で説明すると、「愛を持って言う」ということになるだろう。


 周りの人も良いことを言ってくれる人だと思って、接してほしい。そうすれば、皆が幸せになれるはずである。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-25 11:57 | 人について

最近愛用のタブブラウザ(Sleipnir)

 随分と昔から、タブブラウザが流行っていたかと思う。流行に乗じて僕もタブブラウザを利用していた。最近愛用しているのはSleipnirです。かなりお気に入り。

 ちょっとこの前までは、Lunascapeを利用していた。このタブブラウザのメリットは、カスタマイズが豊富だという点にある。ほとんどの動作をチューニングできる。

 
Lunascape

 仕事で使用している時でも、プライベートでもネットは色々調査するために使っている。調査のためには、多くの情報を必要としていてどうしてもウィンドウを多く開く必要があった。このためにLunascapeに以下の機能を求めた。
1. Ctrl+右クリックで「新しくウィンドウが開く」
 僕はウィンドウを山ほど開けるのが好きなので、簡単に新しくウィンドウが開かないと辛い。
2. タブを多段表示
 タブの選択するところが、他のタブブラウザだと一行でしかないため、多くのウィンドウを開いた場合に、タブを探すのが困難。その点Lunascapeは、多段表示できる。また、文字数の上限設定ができるところもすばらしい。普通はタブの幅は固定である。
3. タブの追加と削除した場合のタブの位置
 ウィンドウを新しく開く場合、元になったウィンドウの隣に表示。削除した場合は、その前に見ていたタブに移動してほしい。これがないと、フラットなタブの構成で開いたウィンドウの位置を記憶するのが難しい。

 そして、最近ブログを書くようになりより多くの情報が必要となった。これを考えた場合、2.で多段になった場合、徐々に画面が狭くなっていくのである。また、階層構造を持たないためタブを覚えているのが困難になるし、ウィンドウを追加したり削除したりした時の多段タブの表示方法が微妙に使い辛かったりした。

 そのために、ウィンドウの階層構造付きの管理方式が必要だった。Sleipnirは見事に僕の期待に答えてくれた。それがSleipnirの「ウィンドウ一覧」機能である。


Sleipnir

 上のイメージの左側にあるみたいに「ウィンドウ一覧」が表示されます。ウィンドウ(親ウィンドウ)から新しいウィンドウ(子ウィンドウ)が開かれると、左側にツリー構造で子ツリーとして表現されるのです。しかも、親ウィンドウを閉じると子ウィンドウをまとめて閉じることができる機能があります。多くのウィンドウを開いた場合、それらをグループ管理することができるととても便利なのです。

 他にも便利な機能は多々ありますが、僕が一番使う機能がこの「ウィンドウ一覧」機能です。

 便利そうな機能の一つにブログを便利に使うスクリプトってやつがあるのですが、Exciteには対応していないみたいです。これ誰か作ってくれないかなぁ。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-24 21:07 | パソコン

天然ボケな人

 僕の親父は天然ボケです。話している内容がころころ変わったり、何言っているのかわからないことが多い。そして、ボケた間違いをよくする人です。一見限りで判断するとこのような説明になってしまいます。やはり、僕は親父は凄いと思います。

 天然ボケというのは、実は結構使えるシステムだったりするのです。悪く言えば、上記の通りですが、思考が柔軟で発想力が豊かなシステムであるといえます。ボケた間違いというのは、固定概念に縛られることなく、発想ができるためであるとも言えるのです。普段ボケたことを言っていることが多いが、特定の行動をさせた場合うまくやることも多いのです。

 日曜大工などをした時に、道具を本来の目的以外に使うことが上手かったりします。つまり、本来の目的という固定概念にしばられることなく、柔軟に効率よく対処することができるということです。このように、固定概念に縛られていないため、きっと発明や斬新な企画を立てるのに非常に優れているでしょう。天然ボケな人は実は優れた才能を秘めている人が多いと僕は思っています。

 さて、この天然ボケが何故起こるかについて分解して考えました。

言葉の定義が曖昧なのではないでしょうか
 人の思考方法は言語によって行われると言われています。確かに、考える時に日本語で考えているので、日本語の概念にないものを考えることはとても難しいです。天然ボケな人というのは、語(Term)をあまりきちんと頭の中で定義しないのではないかと思います。つまり、語の定義を曖昧にすることにより柔軟性を確保しているのではないかと思います。

 議論をする時の基本は、お互いが話す語の定義を最初にきちっと行うことです。これがしっかりしていないと、議論がかみ合わなくなってしまい、議論の結果がおかしなことになってしまうことが多いと思います。天然ボケの人の頭の中では、語の定義をきちんと行わないで議論した時と同じ現象が起きていると思われます。こう考えると、突然意味不明なことを言い出すのも納得がいきます。


天然ボケに学ぶ柔軟な発想について
 もし、この仮説が正しければ天然ボケの長所である固定概念に縛られない発想を行うには、自分の中での語の定義を曖昧にすれば良いことになります。ですが、天然ボケの副作用であるボケということがありますので、柔軟な発想をしたい時には定義を曖昧にすれば良いことになります。

 定義を曖昧にするやり方の例は、橋であれば「はし」と定義します。これで、有名な橋の端を歩く、一休さんができあがり。


天然ボケでない柔軟な思考をする人
 柔軟な思考の持ち主だが、天然ボケな人はきっと答えが一つぐらいしか一度にだせないの間違った答えを出すことが多い。しかし、天然ボケの人が頭の回転数が早くなれば、答えを複数出すことができ、その中から必要な答えを出すことにより正解率が高くなります。ですから、天然ボケな人の構造と天然ボケでない柔軟な思考をする人の考え方は似ていると言えるでしょう(別のシステムで構築された柔軟な思考をする人もいるとは思いますが。)。



 「天才と馬鹿は紙一重」という言葉はこの辺からきているのかもしれませんね。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-24 16:34 | 人について

背伸びをする人

 先日前にいた会社の同期が訪ねてきてくれた。彼は、某お坊ちゃま大学に院まで進んだ、なんとなくエリートっぽい人である。同じ会社にいた頃は、よくお昼を一緒に食べていた。とても真面目な青年だと思う。

 彼は、何人かで仕事のやり方等の話をしていると、自分も同じ事があったと話すことがある。しかし、彼の言っている内容はなんとなく、レベルが低いというかちょっとずれている。例えば、新聞に載っていた記事をネットなど調べてそれについて突っ込んだ議論していると、元の新聞の記事について話だしてしまう。ツッコミとしては、「だから、その記事はみんな読んだから」ということになる。それは議論している皆が周知している内容で、今更な話なのである。議論がちょっと遅れてしまうのだ。

 その場がどうなるかというと、議論が一時停止してしまい、議論がしらけてしまうのだ。しかし、面白いのは他の人が同じ事を行ってしまった場合、これというのは議論に途中参加した時等によく発生するが、議論がしらけることがないですむ人も多い。違いは何かというと、謙虚さがあるのかだと思う。彼の話し方は、レベルが低いかずれているのにもかかわらず、少し得意げというか自慢げなのである事が多いのである。そのため、どう対処していいかわからずに、しらけてしまって皆に少し敬遠されてしまうのだ。

 この状態はお互いに辛いのである。敬遠されてしまう方はもちろん辛いかもしれないが、敬遠したいのを我慢する方も辛いのである。後ろ向きに考えれば、やはり敬遠してしまう事が簡単でてっとりばやい手法である。けれども、より多くの意見が知りたいと前向きに考えて、多くの場合議論についてこれない人に対して、良い意見をずっと期待し続けることは苦難なのである。

 彼は悪い人ではないのですが、話していて辛くなることがあります。人と話をするのは難しいです。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-23 21:54 | 人について

不幸な人

 とても身近な人が不幸な人だということがわかった。僕の人生の中で二人目の不幸な人だった。昔読んだ本の中に不幸な人について、不幸な人は不幸になれていて幸福になったとしても不安で幸福ではいられなく不幸になる、と書いてあった。

 不幸な人は、生まれてからずっと自分が不幸であると感じているようです。不幸についてとても敏感。ちょっとしたことに不幸を感じずにいられなく、それを後々までに記憶する。恐ろしいことに、幸福なことは夢のように記憶され実感が持てないでいるよう。つまり、記憶には不幸な記憶しか残らない。

 また、不幸な人は不幸を好むらしい。不幸な人が幸福になると、不安でたまらなくなる。幸福が長くは続かないと不安になり、精神が安定せず幸福を長く続けることができない。そして幸福を逃すと安心して不幸になれる。そして、自分が不幸であることを怨みながら安心して暮らす。

 これらの法則から逃れない限り絶対に幸福になりはしない。環境が同じでも幸福を得ることは可能であるが、不幸な人はそれを望まない。精神が不幸であれば長生きすることはできず。運良く死ぬことができればまだましだが、病気に侵されればまた更なる不幸に陥る。

 そして、不幸な人がカリスマ性を持てば、周りを巻き込んで不幸の渦を作る。不幸なとても辛い。それはとても不幸なことだ。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-23 10:48 | 人について

月面に人が行ったことあるのかな?

 アームストロング船長が月面着陸したことって捏造らしいというがある。これが本当だとしたら、それいらい人は月に降りたことがあるのだろうか?とっても疑問。

 ちょっと調べた限りでは、調査用の機械が降りたことがあるようだけど、人が降りた記事はなかった。やっぱりあんまり行く必要がないからか、それともお金がかかりすぎるからか、技術的に行けないのかどうなんだろう。

 それにしても噂が本当なら、アームストロング船長は心理的に大変だな。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-19 00:28 | 考えたこと

今更マトリクスの救世主について

 今更になってなんとなくマトリクスについて話たくなった。僕は、かなりマトリクスが好きである。3作でそろって完結て、賛否両論あるがどれもそれなりに良い出来だと思ってる。あれくらいのスケールの映画はたまにしかでてこないだろう。時間が経ったとしても中々色あせるものじゃないと思う。最初から伝説的な映画だった。

 第一作目で救世主に目覚めるその過程が僕の心に印象付けた。

 ネオはある時、モーフィアスにより救世主であると告げられる。預言者との出会いや、エージェントの戦いにより段々と信じ始める。最後にはトリニティの愛により、確信し救世主として目覚める。

 このストーリー展開は、現実的な側面を持っていると思う。人が一人いて、ある時に突然「お前は世界一になれる」と言われるようなものである。通常人は、自分は普通だと信じているし、少しぐらい足が速かったとしても、自分が世界一に成れると思う人は少ないだろう。ネオと同じように半信半疑になる。当たり前である、それを証明する証拠は何もないのだから。

 「お前は世界一になれる」言った人に権威があれば、ネオのように周りからの妬みや、期待の羨望を受け悩むことになるだろう。ある時は、人々の期待に背き失敗することがあるだろうし、ある時は、妬みのために足を引っ張られることになるだろう。

 でも、最後には自分が救世主だということに気がつく。信じ始めることができる。

 現代人には、この自分を信じ始めるということができなくなってきている気がする。ネオのように極端な例ではなく、自分がちょっとしたことを始めるだけの時でもそうだと思う。自分の能力を過小評価することが美で謙虚であることが良いと信じて、能力を発揮しない人が多いと思う。つまり、自分に能力があることを信じることができず、能力を発揮できない人である。

 僕は、そういった人はこの映画を見て前を向いて欲しいと思う。


以上

 
[PR]
by ma2mura | 2004-08-18 00:48 | 考えたこと

秀才な人

 学生時代に、僕が通っていた大学ではないが学部を主席で卒業した人と一緒に研究することになった。彼はとても頭の回転が早い人でした。多分彼のことを秀才と呼ぶのでしょう。その彼について書きたいと思います。

 彼の特徴
1. プライドが高い
 主席で卒業したことは、当たり前かのような感じだが、心の奥底の自信につながっているらしく、ちょっとしたことで過敏にプライドが傷つくようだった。僕は、鈍感なのでよくプライドを傷つけ反撃にあっていた。経験上そこで反撃してしまうと、もうただの泥沼状態に陥るのでそんな冒険はしなかった。
 少し思うのだが、実はプライドが高くすぐ傷つき過敏に反応する人は、現象としては自信があまりない人に見える。学歴も良くてルックスも良くそこそこお金持ちのどこに自信が持てないのか理解はできない。

2. 負けず嫌い
 プライドが高いからなのか、とても負けず嫌い。車はいいものに乗ってなくてはいけないとか、給料が高いだの安いだのとか、女がどうのこうのとか。自分に自信がないことで、相手が優れていた場合に、正当な理由をつけて批判したがる傾向があった。努力できる内容であれば、努力して解決するような感じだった。

3. 見えるものが多い
 頭がいいし、人生経験も豊かなので、学部生にこういう風に今後やってったらいいんじゃない等の指南を多くしていた。きっと、普通の学部生なんかより見えるものが多いのだろう。学部生達はかなり影響を受けていたようだった。
 人よりも多く考えることができるためか、見えるものが多い、そのためストレスも多い様子だった。

4. 頭の遅い人と話すのは苦痛
 とりあえず、彼は頭の回転数はとても早い。周波数が二倍程度は余裕であるだろう。そして、一緒に研究している人があまり回転数高くないため、「リアルタイムに話せない」と愚痴をこぼしていた。この意味は、彼の出したアイデアや意見等を即時理解してもらえないため、次にミーティングがあった時等でしか回答を得ることができないのである。しかも、一番辛いのは一回では理解されなかったり、結局回答に納得がいくものでないことが多いようだった。
 普通の人が、普通にリアルタイムに会話するように(語弊があるかもしれないが簡単に言うとレベルの低い会話)、秀才もリアルタイムに会話したいのだろう(レベルの高い会話)。グルメな人と同じ気がした。グルメな人は、とても美味しいものではないと美味しいと感じることができない。

5. 高密度な会話
 他の人に比べ、高密度な会話をするようだ。普通の人が1行で話す内容と、秀才が1行で話す内容は、2倍以上の違いがあった。会話での行間を読む必要があるし、行間に隠れている内容が普通の人よりも多い。
 面白いのは、普通の人と話しをすると、どうやら違うことを考えていることが多い様子だった。もちろん、話の内容は完全に理解しているし、考え事もキチンと行っている様子だった。きっと二人と同時話すことも可能かもしれない(笑)。

6. おせっかい
 色々なことに首をつっこんでいた。理由は、好奇心と向上心からくるようで、自分の周りで起きた内容を把握することにより、好奇心が満たされ、多くの経験が積めると考えていたようだった。
 おせっかいを行っていれば、問題が起きた他の人の人生を垣間見ることができるだろう。どんな問題が起こるか知ることができるし、それに対してその人が出した解決策が有効か見ることもできる。そして、おせっかいを焼き解決策に干渉して自分が最適だと思うことを実施してもらうと、ある意味自分の意見の実験ができるのだろう。
 言動の端々でしかこの内容は語っていなかったので、ここまで打算で動いていたのかは自信がないけど、多分彼の頭の良さからしてこの辺あたりまでの思考はあっただろう。

 色々書いたが、特に問題があるのは、プライドを傷つけたときぐらいで後は、ちょっと金持ちな良い兄さんだった。頭良いから色々教えてくれたし、勉強になりました。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-14 17:57 | 人について

思っていることを伝えること

 大学時代の友人にロックと酒が好きな男がいた。洋楽ばかり聴く男で、かなりギターが上手かった。僕は、彼が酒好きだったこともありよく彼の家に飲みに行っていた。

 彼と僕との接点はもちろん大学。しかし、彼はあまり授業を受けてはいなかったし、興味もあまりなかっただろう。僕は、昔からコンピュータが好きだったこともあり特に授業をきちんと受けていなくとも概要程度をおさえるのは難しいことではなかった。

 ある日のこと、いつものように彼と酒を飲んでいて、彼の知らないことについて説明したくなった。しかし、彼はあまり言葉を知らなかったのだ。四字熟語やことわざ等には、彼は何も興味がなかったらしく、それらを駆使して説明したのだが、まったく通じなかった。しかも、コンピュータでたとえることもできず。お互いの詳しいジャンルでの接点が全くないことに気がついた。

 この時初めて、同じ日本語を話しても伝えたいことが伝わらないジレンマにおちいった。結局、男という共通点を生かし、女の話題で例えて説明したところようやく伝わった。自分とまったく異なるコミュニティの人との会話がこんなにも難しいものだとは思いもしなかった。

 この例から異なる文化を持つコミュニティの人と話す場合には、四字熟語、ことわざ、歴史と新聞の必要だとわかった。人と話すということは、互いの共通な情報を例に例える必要があるため、他の人が知っていそうな内容を知る必要があるということ。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-13 20:50 | 人について

自覚しない嘘つき

 学生時代の友人に、自分が自覚なしに嘘をつく人がいる。彼とは、今でも仲が良いがよく念に何度か会っている。話は面白いし飽きない人だ。

 彼の嘘をつく時の特徴は以下である。
1. 話が大きくなっていく。
 彼と学生時代は良く一緒に行動することが多かった。ある時に、夕食を新しくできた中華の店に行った時に、スープに小さな虫が入っていた。彼は、その事を店員に告げ交換してもらった。別に特にいらだった様子はなかった。しかし、ある時に彼と他の女の子の友達としゃべっている時に彼が、中華のお店の話をしだし、大きなゴキブリがスープに入っていたと話していた。最初は、僕と行った店だとは気がつかなかった。

 僕は、小さな虫だと認識したのだが、確かに大きいと言えば大きいかもしれない(僕の記憶では3mm程度)。僕は、小さな虫だと認識したのだが、ゴキブリだったかもしれない。彼は、マスコミのように注目をあつめるため、ものすごい見出しをつけた話をしたいようだった。この段階では、まだ完全な嘘とまではいかないが、聞いた本人には事実とは違った内容が伝わることになるだろう。結局嘘と同じ現象が起きる。

2. 記憶が変更される。
 彼の言動を色々考えていると、上で説明した見出しの内容だけが記憶に残るようだ。そのため、上の説明等では時間が経過する度に本当に大きなゴキブリがいたことになってしまう。見出しだけが真実として記憶されて、それをまた話す機会がある場合、嘘の自覚がないため真実のように自信を持って話すようになり、それを聞いた人は真実のように受け取ることになる。
 恐ろしい点はもう一つ、記憶に残った見出しがまた話を大きくする現象が起きさらに大きな事実として語られることだ。そして、また大きくなった内容が記憶される。これにより、時間の経過で事実は形をほぼなくしてしまう。


 上の二つの現象が常に起こり、彼は自分の嘘に自分自身で騙されることになる。また、彼の場合は極端だったが、大なり小なりあまり嘘をつかない人でもこういった嘘をつくことがあるだろう。社会にでれば、そういった嘘は多数ある。これは、人が生きてく上で必要なことだが、実は会社等での組織でも必要となるのでしょう。技術が営業をできないのは、事実を知りすぎているからという理由が多いと思う。

 自覚のない嘘つきと話すときには、これらを考慮し本当のことを知りたい場合は、話を1/5にして大まかな数値を聞きだしたり、具体的に問うことが必要だ。


 彼は、基本的にはいい人で嘘以外は特に問題のない友人である(嘘さえ見抜ければ特に問題がない)。


以上
[PR]
by ma2mura | 2004-08-12 17:02 | 人について



色々考えたことのきろく
by ma2mura
メモ帳

IKEAのリンク

このページのQRコード


QRCode作成


カテゴリ
以前の記事
お気に入りブログ
人気ジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


Skin by Excite ism