ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

カテゴリ:考えたこと( 101 )

リーダー不在の時代

 「リーダー不在の時代」


 不景気の現代を乗り切るには、強いリーダーシップが必要であると言われている。にもかかわらず、リーダー不在の時代と言われている。どうしてリーダーが不在なのだろうか、昔から疑問に思っていた。

昔は多かったのか
 リーダー不在という言葉から想像するに、昔はいたがこの時代にはいないという風にとれるように思う。政治の世界で考えるのであれば、田中角栄とか中曽根康弘のことを言っているのだろうか。彼らは本当にリーダーとして素晴らしかったのだろうか、そして彼らのような人は現代に本当にいないのだろうかと考えると疑問に思ってしまう。彼らのことを詳しく知っている訳ではないので、何ともいえないのも事実だ。

昔との違い
 昔と現代との違いについて考えると、情報の伝わり方の違いがまず挙げられると思う。現代は地球の裏側で起こったことでも瞬時に世界同時に伝えられる時代だ。同じように、政治家の失敗(失言とか)もあっという間に報道されてしまうのだ。昔であったら失敗は伝わらなかっただろう。つまり、本当のことは伝わらなかったのだ。政治家だけではない、普通の人でも携帯や携帯のメールの普及によりあっという間に話は広がる。

理想
 理想が高くなっているのではないだろうか。長らくリーダーが不在であれば、リーダーを見たことが多い可能性が高い。見たことがなく、現状のリーダーはリーダーらしからぬ人であれば、人は空想し素晴らしいリーダーを思い描くのだろう。そして、そのリーダーは所詮空想の中の産物で矛盾の固まりになってしまっているのではないだろうか。

いいわけ
 リーダーが必要とか強調しておきながら、誰もが自分がリーダーになろうとはしないし、リーダーを育てることをしていないように思える。形だけは、リーダー育成をとりながら本心では自分たちに取って代わられないか、あるいは新しいものを受け入れる体制をしないでいるのが現状ではないだろうか。


 学生時代からの疑問だったが、社会に出て痛感した。心の奥底では、誰もがリーダーがいないことを願っているのだと思う。


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-02-24 18:11 | 考えたこと

間違ったことを繰り返す人

 「間違ったことを繰り返す人」


 何度も同じことをして失敗している人がいた。とても賢い人だし、リーダーシップ力もある。そして、才能のある人で努力しているので回りはそれを応援していた。

成功する秘訣
 成功する秘訣は、成功するまで同じ事を繰り返すことだそうだ。成功するまで繰り返せば確かに成功するだろう。この話しで重要なところは、最初の考えを貫き通すということなのだろう。途中であれこれと、方向を変えると成功するものも成功しないと、自分の考えを信じてやり通せということを言いたいのだろう。

全部信じる
 いくら正しいとされている法則でも、一つの法則をすべてに適用することは危険だ。世の中はそのように単純にできているわけではないように思う。法則を有効に使う方法は、その法則がどこに適用できるかを考慮しなければいけない。適材適所ということだと思う。

つらぬく
 人を引っ張って行くときには、多少の不満を無視してでもやらなくてはいけないことがあるし、一度の失敗を気にしているようではいけない気もする。そして、失敗が続くと周りの人はリーダーが引っ張っていく先が誤ったものだと思い始める。それでも、リーダーは自分が正しいと思うことを信じて貫かなくてはならない時がある。

間違いを正す
 間違いとは何かを定義するのは難しい。勝てば官軍なので、失敗している時に間違っているかもしれないが、成功したとたんに正しいことになったりするのだ。こんな状態で間違っていることを定義するのは難しいのだ。簡単な答えの一つとして、勝てば官軍ということだから最後に勝てばそれが正しいことになる。


 正しい判断をするのは難しい。

以上
[PR]
by ma2mura | 2005-02-22 16:15 | 考えたこと

日本の大使館

 「日本の大使館」


 決まったことをするのが得意な日本人。予想されていない突発的なできごとに、どうすれば良いのかわからないのかもしれない。作られた良心は、所詮つくられた良心でしかないのかもしれない。

☆スマトラ沖地震・津波被害者の手記

 災害時に日本大使館がどのような行動をとるのか、改めて知ることができる。
 大使館の人は、自分が大使になれたことに誇りを持ちそれに埋もれてしまっているか…


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-02-17 04:18 | 考えたこと

反射神経

 「反射神経」

 反射的に動く神経のことを反射神経と呼ぶのではないかと思う。

運動の反射神経
 運動に反射神経を利用することが適していると思う。スポーツの殆どは、反復動作なので反射神経が多く使われる。考えなくてもそこそこ体が動いてくれる。考える必要があるのは練習時の方だと思う。目的を考えて練習をこなしていくことがスポーツでの反射神経をこなす一つのやり方だと思う。

運動意外にも
 反射神経は特別運動に特化している神経ではないように思う。例えば九九などもそうで、小学生の時に訓練することで反射的に言えるようになる。言葉を話すのも、反射的にやっているので反射神経だといえなくもないように思う。口げんかをした時に、反射的に考えるよりも先に口が出てしまうこともあるだろう。

反射でしか動かない
 人はたいがいのことを反射で行うことができる。年をとればとるほどに、体は学習して反射でできることを増やしていくだろう。新しいものを取り入れていかないと、段々と考えずに反射で動くようになる。そして反射でしか動かなくなると、考えることをしなくなってしまう。考えることをしなくなるとボケが始まるのではないだろうか。年をとると頭の回転が鈍くなるというのは、考えることをしなくなるからなのかもしれない。

理由を考えない
 反射でしか動かなくなればなるほど、考えることができなくなる。脳も筋肉と同じように、退化するのだ一度なくなった筋肉を再度使えるようにするには、大変なリハビリをしなくてはいけない。同様に考えなくなった脳を使えるようにするには、筋肉よりはましかもしれないが、かなりのリハビリが必要だ。

人間関係
 人が生きていく上での問題で上位に占めるは、人間関係だと思う。人との関係をよりよいものにしていくことを考えることは、非常に難しい問題でそれをすることにより人は健全でいられるのかもしれない。常に「若さを保つこつは恋愛」とどこかの女優が言っていたが、ある意味恋愛が一番難しい。恋愛を我が物としようとすることこそ、脳の活性化につながるのではないか。


 人は神秘に満ちている、しびれるくらいのシステムを自然に身に付けている生物だと思う。

以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-28 19:41 | 考えたこと

正確な説明は曖昧に

 「正確な説明は曖昧に」

 簡単な事であれば問題ないのだが、複雑なことになればなるほど曖昧になり始めてしまう。政治家の話しや学者の話しが曖昧なのもその辺にあるのだと思う。

文字数が長くなる
 正確に説明する時は、細かいことまでが重要になる。細かいことまで正確に説明する場合には、どうしても文字数の増加が否めない。短い言葉で端的に説明することができることもあるが、短い言葉の場合は勘違いされる可能性があり、誤解される可能性が高いと思う。危険を避けるためには、つい文字数を増やしたくなってしまう。

文字数が長くなると読めない
 文字数が長くなり始めるとどうしても読む気がうせ始める。会話であれば、長い説明は聞くほうは辛く眠くなってしまうし、途中に質問をはさみたくなったり意見を言いたくなる。これらを避けるためになるべく文字数を減らす必要ができる。それに細かい関係なさそうな話しを聞いていると読みたくなくなる…。

境界条件
 知識を増やせば増やすほど、多くの場合についての可能性を考えることができるようになる。このような場合になれば、境界条件を設定できれば、ある程度のことは曖昧でない説明ができる。しかし、境界条件が設定できない場合には、曖昧な説明になってしまうことになる。

少ない可能性の記述は省略
 正確に説明するということは、テーマから考えられる可能性を考えられうる限り考える必要が出てくる。しかし、文字数が限定されてしまうので、重要でないと思われることは省いて説明することになる。つまり例外等の少数の可能性については、省略する必要が出てくる。そこで出てくるのは、断言を避けた言葉遣いになる。言い切ったりしても、強調のレトリックである可能性も出てくる。

結果として
 正確に話そうとすると、曖昧な言葉に似てくることが多い。わかったようなわかんないような話と似てくる。つまり、よく知っている人とちょっと知っている人との言葉が似てくるということだと思う。ということは、どっちでも良いということだ。


 だから、色々な人の話を聞くのは面白い。


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-27 15:10 | 考えたこと

幽霊

 「幽霊」

 成仏できない魂が現世に残って、生きている人の前に現れるてしまうこと。

幽霊は成仏できないと現世に残る
 幽霊が成仏できないと思うのは、現世の人の思いだと思う。つまり、幽霊になった人が現世に未練や恨みがあると現世の人が思い始めることを意味する。すべては、「幽霊が」ではなく「現世の人々が」であることが多いように思える。周りの人が成仏したと信じることができれば、幽霊は怖くない仏様になり成仏したことになるのではないだろうか。

幽霊に呪われる
 呪われるということは、幽霊に対してやましいことがあるからだと思う。生前幽霊に呪ってやると言われていたとしたらどうだろう、幽霊になって呪ってくると想像してナーバスになってしまうことはないだろうか。幽霊を信じてなくても、そんなこと言われれば気になってしまう。そして、悪いことがあるとその呪いのせいだと思い始めてしまう。思いこんでしまえば、後は恐怖が増幅し始める。

周り
 周りも当然だと思っていると、それは本人にもその思いは届いてしまうことが多い。人の思いは言葉の端々に滲みでてしまうものだ。周りに周知された呪いは、本人にとってはより強烈に信じ始めてしまう。そして、周りも本人たちの気づかないレベルで少しずつ嫌がらせをしてしまう。

お祓い
 人々の思い込みで呪いがおきるのであれば、お祓いで呪文とか唱えてもらうとかお守りとかを使うと逃れることができることが考えられるだろう。だから、そういうのは信じることから始めのが一つの方法だと思う。たぶん、効果が現れるだろう。


 人とは複雑な生き物だ。だから、現代の科学のレベルでは推し量ることがまだできないのだろう。

以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-23 16:37 | 考えたこと

危機管理について

 「危機管理について」

 ここでいう危機管理は企業と産や部署での危機管理のことを書きたいと思う。企業が倒産に陥る前や、部署での企画が失敗する前に担当の人や部下の人達はそれの問題を薄々感ずいていることが多い。だが、失敗してしまう。

現場の声
 様々な企画などがあるが、これらを実際に行っている人は問題点を熟知していることがある。その現場の声を聞かない理由は、上層部には現場には知らないことを知っているために意見があっても、それは理由があるとだけ説明し意見を聞こうとしないことが多いために起こることだと考えられる。また、単に現場の人を馬鹿にしているがために聞かないこともしばしば。

消防士とかを参考に
 欧米ではちょっと前に危機管理システムを導入するための消防士などの、命がけで仕事をしている職場を参考にしていると書いた本を読んだことがある。消防士などは、現場で気が付いた小さなことでも命にかかわるので、現場の声が重要になってくるということらしい。

マインドが大切
 日頃から、コミュニケーションを大切にすることのようだ。具体的な方法についてはその本を少ししか読んでいなかったためにわからないが、きっと心がけってのが大事なのだろう。日々小さな変化を全員で感じ取っていくことが大切と書いてあった。

普通の企業の現場
 命をかけることのない、まだ終身雇用が少し残っている企業の現場の人の意見は、言っても言わなくて給料はあまり変わらないし、日本だと特に問題点を上に言うことは給料が減ることを意味する。そんなリスクを冒すだろうか。命を懸ける現場の人は上の言うことを納得しなければ、自分の命に関るため上に説明を求めたり改善を求めるだろう。

普通の企業の上司
 命をかけることのない、まだ終身雇用が少し残っている企業の上司は現場の意見を聞くことができるのだろうか。年をとっている人であれば、現在の現場の仕事のやり方がIT化が進んでいて理解できなかったりするのではないだろうか。あるいは、自分が現場の時代の上司の真似をしていることが多いのではないだろうか。上にたったら自分の人の意見などを聞かずに、自分が正しいと思ったことを実行するということなのだろう。それはそれで必要なのだが、バランスが重要だと思う。


 必要に駆られない限りシステムを変えることは難しい。危機管理などというものは、高度経済成長の時代には不必要であった。そして、その慣習を受け継いで今があると思う。
 このことを考えているとゴーンさんは凄い人だと思う。

以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-22 03:24 | 考えたこと

女にシートベルトをさせない男

 「女にシートベルトをさせない男」

 彼女とドライブに行くときに、助手席にいる彼女にシートベルトをさせない男がいる。男は、女が自分を信じてくれていると思って嬉しいらしい。

男のために命がけ
 女は男のために、命がけで自分が信じていることを証明しているらしい。女は男の運転を信じているから安心して乗ってられるということを言いたいのだ。危険の少ないことで、自分が危険をかえりみないことを主張しているのは、本当の危険があった時にどうなるのかが疑問に思わないのだろうか。

男はいつでも守ってやると思っている
 男は自分の運転技術が優れているということと、それを評価して女が自分に命をあずけてくれていることに満足するようだ。いざとなったら、シートベルトがなくても自分の運転技術でカバーするか、自分がシートベルトの代わりに助手席に手を伸ばして女を守ろうと思っていると言っていた。

事故
 ある程度予期できる事故ならば少しは可能かもしれない。だが、予期しない事故はどうするのだろうか。僕は、後ろから玉突き事故に巻き込まれたことがある。そんなに大したことはなかったが、自分の身に何が起こったのか良くわからなかった。こんな場合は、すぐに事故が起こったことにも気が付かない。このような場合を想定しているのだろうか。もしも、その時に自分の彼女が隣にいて、ムチウチにでもなったら一生大変なことになる。

自分の身を守るのも相手のため
 危険に際して、自分の身を守ることも相手のためだと思う。相手のせいで自分が危機的状況になってしまった場合に、そこで自分の身を守ることができなかった時は、相手がそれを知るときっと落ち込むだろう。そうしないためにも自分が安全であることは重要なことなのだ。


 自己満足に酔うのも良いだろう。でもその時は、それによるリスクを知っている必要がある。自分に酔ってるときは、気が付かないのかもしれないが…


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-18 22:30 | 考えたこと

当たり前

 「当たり前」

 小学校5年の時に坂下君に「そんなの当たり前だ」と言われたのが印象的だった。

当時
 当時坂下君に何を尋ねたかは、覚えていないが何か質問を投げかけた結果だった。疑問の答えが「当たり前」という回答はまったくの期待はずれで、疑問を持つことが間違いのように言われたことになる。当時の僕は、当たり前について疑問に思い始めた。

当たり前
 算数や理科とかもよく考えると有識者から見れば「当たり前」のことだと思う。どこからが、当たり前でどことらが当たり前でないことなのだろうか。僕がだした結論としては、自明すぎて答えることができない、或いはそれについて自明すぎて考えることがないからだと思う。

考えない
 物事の多くを当たり前だとして考えることをしない。ある意味素直に物事を受け止めているようすで、それ以上考えることをしない。例えば、昔の高校等の校則などがあげられると思う。意味の良くわからない校則などがあり、それを当たり前に思って生活をしていた。疑問ししても校則だから守るのが当たり前と言われてしまう。

本当は理由がある
 当たり前と言われることで、すべて理由があるのだ。それについて誰も説明しようとしないか、あまりにも説明されている場がないので諦められているか、誰も興味を持たない。一度決まったことには、しばらくすると興味がなくなるのだろう。

理由を求める理由
 当たり前を他人に強制あるいは要請するときに、納得して行ってもらうために必要になる。納得しないままでは、たいていの場合効率が悪くなることが多い。「そういうの先に言ってよね」ってことがよくあるだろう。また、理由を聞いて実行に移すときには、より細かな作業を行ってもらえる可能性が高い。


 納得して行動することは、気持ちよく行動できることだと思う。


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-14 01:38 | 考えたこと

助けてあげること

 「助けてあげること」

 助けてあげるという行動は、どこまでがその人のためになるのだろうか。過保護との境界線はどこにあるのだろう。

助ける
 相手が助けを求めているから、あるいは困っているから助けてあげるという単純な行動をとるのは相手のためになるのだろうか。助けが必要なのは、たいてい自分が失敗しそうかあるいは失敗してしまったかのどちらかだと思う。助けのレベルもピンきりだと思う。

結果
 助けた結果、本来はもっと失敗していたのに助ける行為は、失敗することを免れてしまうことになる。成功よりも失敗から学ぶことが多いのに、助けることによって少ししか学ぶことができなくなってしまうことになるのではないだろうか。つまり成長の妨げになる可能性がある。助けるのは失敗してからが良いのかもしれない。

感謝の気持ち
 どれくらいどうしようもなく困っている人で、どれくらい助けてあげたとしても感謝の気持ちのない人がいる。そういう人はどうしようもなくなっても、きっと助けてくれる人がいると信じているためだからだと思う。そして、助けなかった時は逆恨みするが、助けてくれた時にはそれがあたかも当たり前のように思っているのだろう。

エスカレートする
 一見恩着せがましいと思うかもしれないが、助けてあげたら感謝されなくてはいけない。感謝のない助けは、習慣性を持ちそれが当たり前だと思いはじめてしまうからだ。当たり前になった助けは、相手を傲慢にさせより多くの助けを強要させられる。エスカレートしはじめ、耐え切れなくなった時関係は破綻する可能性が高い。相手は逆切れし、自分はそんな相手を嫌いになってしまう。この覚悟があれば、感謝されなくても問題はないが関係を維持したいのであれば、感謝されなくてはいけない。

対価は必要
 感謝の気持ちを形にしてもらう必要があるように思える。金銭とは言わないまでも、どのような形でもよいし、どれくら時間がかかっても感謝の気持ちを形に表す必要があり、表してもらう必要がある。それが人と人との関係につながると思う。片一方への依存はバランスが悪い。助けられた方は肩身の狭い思いをするかもしれないし、助けた方も気を使うことが多いだろう。


 手塚治虫のブラックジャックが、高額の手術料をとるのもこの辺に理由があるのかもしれない。


以上
[PR]
by ma2mura | 2005-01-12 21:59 | 考えたこと



色々考えたことのきろく
by ma2mura
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
メモ帳

IKEAのリンク

このページのQRコード


QRCode作成


カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


Skin by Excite ism