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カテゴリ:考えたこと( 101 )

自立心

 「自立心」


 小学生だった頃から自立心を育てる教育を受けていた。しかし、僕には何故自立しなければいけないのかが理解できなかった。

必要なのか
 転んだら自分一人だけで立たなくてはいけない理由が分からなかった。一方では困っている人を見たら助けるように教わっているのに、自分の時は一人で立たなくてはいけないらしいのだ。なんとなく正しいことは分かっていたが、昔からこの疑問を答えを出すことができなかった。

助け合い
 自分の余裕がある時は困っている人を助けてあげていれば、自分が困っていると助けてもらえる。これが相互扶助の関係であると思う。相互扶助の関係は、人と人とがつながりを持つチャンス。これを利用して仲良くなることもしばしばあるだろう。

自立心
 人に頼らず一人で何でもすることができるように考えることを言っているのだと思っていた。これは間違いであるように思う。全てのことを一人でできるということは孤独を意味し、それはとても寂しいことのように思う。ある程度の他人への依存は人が生きていく上で必要なことのようだ。

助けられない
 適度に自立して余裕がなくては人を助けることができないのだ。自分で立つこともできない人が、人を助けようとしてもそれは迷惑でしかないように思う。自立してなく人を助けられない人は、助けてもらうことしかできない。それは度が過ぎれば迷惑でしかなくなる。


 自立心がないひとは人に迷惑をかけてしまう。自立というのは余裕を持っていて人を助けることができるということなのだろう。


以上
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by ma2mura | 2005-04-21 21:27 | 考えたこと

宣戦布告をするかしないか

 「宣戦布告をするかしないか」


 今世間を騒がせているライブドアと楽天を見ていて色々と思うところがある。ライブドアの日本放送に関する宣戦布告とも取れるプロモーションについてだ。ローマ時代のカエサルとアウグストゥスの関係に似ているのではないだろうか(塩野七生のローマ人物語での二人しか知らないが)。


公開して進める
 カエサルは何をやるのか公開して進めていくやり方をとった。カエサルの考え方は先進的だっただの周りに説明する必要があったのだろう。面白いことを思いついたら公表したくなるのは技術者の性分なのかもしれない。そしてカエサルが考えた新しいアイデアは、革命的なことだったと考えられる。そして、カエサルは殺されてしまった。

知られないようにして進める
 アウグストゥスの進め方は、多くの人に自分の政策をなるべく知られないようにして勧める方法をとった。カエサルによって公開された先進的なアイデアは、正しいことを人々は感じていたのだが自ら望んで受け入れる勇気を持ち合わせていなかったのだろう。それをアウグストゥスは、騙しながら実現してくれたのだと思う。

死の覚悟
 グラックス兄弟の事もあり、先進的な考え方を公開して進めることは死を覚悟しなければいけないことをカエサルは知っていたように思う。そのためか常に後悔しないような生き方をしているように見える。日本の歴史上の人物いえば、新しいことを初めて殺されるのは織田信長がいるだろう。現代では殺されるようなことはないとは思うが、表舞台にはたてなくなるのかもしれない。

みんなのために
 カエサルがアウグストゥスを選んだ理由は、国家への忠誠心が強いことがあるだろう。知られないように物事を進めるということは、チェック機構が働かないことを意味する。このため、個人の忠誠心に全てが委ねられる。天才カエサルはそこまでよんでの人選だったように思う。


 現代要求されているのはガラス張りの政治と言われている。古代より高度な技術が要求されることになる。


以上
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by ma2mura | 2005-04-11 16:27 | 考えたこと

感情のスピード

 「感情のスピード」


 ちょっとあまりされたことがない慣れていないことをされると、人は物事を理解するのに時間がかかることがある。

慣れないこと
 あまりしゃべったことのない人と話すときや、あまりされたことがない慣れていないことされると戸惑いが生じて、あまり正直に行動することができないことがある。たぶん、相手がどのようなつもりで行動されているのかの理解に時間がかかるのではないだろうか。慣れていれば、だいたいのことが予想できるので時間はあまりかからないのだろう。

後になって
 何か言われて後になって怒り始めることがある。これは言われている時は言われていることに手一杯になってしまって、その場を納めることしかできないでいる状態で、後になって頭の中を整理することができて、言いたいこともはっきりしてくることで怒りなどの感情が大きくなってくるのだと思う。

後で違うことで怒る
 言われた時に言い返せずにいた思いは、後になって怒りが高まってしまうことがある。この高まった怒りは、タイミングを逃してしまっていて直接は言えないことが多い。となると、違うことに使って怒り始めるのだ。

何を怒っているのか
 全く関係がないことで怒っている人をなだめることはかなり困難だ。怒りの本質は別にあるので、怒っていることに対して謝ったとしてもそれは許してはもらえないだろう。また、本質を見せないように怒ってしまうので、本質は何かがわからないので怒られる側は、その本質を改善することが難しい。


 物事はゆっくり話す必要があるように思える。

以上
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by ma2mura | 2005-04-02 20:52 | 考えたこと

都会の方が車の保有台数が高い

 「都会の方が車の保有台数が高い」


 田舎の方が車が必要なので車の保有台数が多いのかと思っていた。都会は電車やバスが発達しているので車の必要性がよく分からない。でも、確かに東京に居た頃結構な率で車を持っている人が多かった気がする。都会は人口が多いから保有台数が多いのかもしれない。

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以上
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by ma2mura | 2005-03-29 14:28 | 考えたこと

愛着

 「愛着」


 愛着を持つことはとても良いことのように思う。

愛着
 僕は車であったりPCであったりする。大学時代に乗っていた思い出深い車にはかなりの愛着があった。最後には知人に譲ったのだが、大学の4年間を乗った時点で売らないのと言われたことがあったが、そんな気持ちは僕のどこにも存在しておらず戸惑ったことをよく覚えている。そして、今でもたまに同車種の車をレンタカーを借りて乗ることがある。


 PCでも車でも何でもそうだとは思うが、愛着があればかなり長持ちするし壊れないで動いてくれるのだ。後輩にパソコンを教える時にも愛をもって接しなさいと指導したものだ。愛着を持ってPCに声をかけながら作業すると、自分の思うとおりに動いてくれることが多いのだ。愛着のない使い方をしているPCはちゃんと動いてくれないことが多い。

気にかけること
 愛着を持って接することは気にかけることだと僕は思う。何でもないときにでも、どこかに調子の悪いところはないか気にしていたり、どうすれば長持ちするのかを考えていたりすることだと思う。そういった何気ない気遣いが長持ちさせるこつのように思う。ただ動けばいいと思っていると、そんなことはお構いなしに扱いいざというときに動かないことになるように思う。

多くのものに愛を
 愛に余裕のあるときには、多くのものに愛着を持って良いように思う。女性がペットを飼うと彼氏への愛が薄れるという現象があり愛は無限ではないとも考えられる。人によっても、その時々によっても愛の大きさは違うのかもしれない。だが、愛が余っているのであればその愛を他のものに向けるのも良いのではないだろうか。


 大切に思うものには愛を持って接することが良いように思う。


以上
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by ma2mura | 2005-03-25 16:05 | 考えたこと

悪い意味の「信じる」

 「悪い意味の「信じる」」


 信じることは基本的に良いように思う。しかし、悪い意味にも信じるという言葉が使えるように思う。

信じられない世界
 信じることができない世界は非常に住みにくい世界だと思う。一緒に住んでいる家族、近所の人々、会社の同僚などが泥棒や殺人鬼等で信じることが難しい人達であった場合を想像してみればすぐに分かるだろう。法律や約束を守らない人達のような信じることができない人と一緒な時間を過ごすことはとても辛い。一緒にいても安心することができず、常に自分を守るために色々なことを考え用心しなければならない状態になるだろう。

信じると
 周りにいる人々が自分に危害が及ばないと信じることができれば、心に安らぎができ安心して生活を送ることができるように思う。本当に自分がしたいことに専念することができるようになる。平和に過ごすことができる。また、人から信じてもらえると嬉しくなり自分も信じてくれる人を信じたくなるように思う。

悪い意味の信じる
 信じると色々考えなくても済むようになると書いた。悪い使い方は、このことを利用して考えないということを相手に押しつける行為に思う。自分が危険なことに関係したくないがために「信じる」ということを使い考えることを止めてしまうのだ。しかも、巧妙なことに危険が現実かし問題を起こしてしまった時に自分が被害者になることができるのだ。

偽善者が使う
 企業ではよくある話のように思う。部下に責任を押しつける時に使うやり方だ。「この仕事は君にしか出ない。信じているからな。」と責任を押しつける。本人も自分を正当化している可能性がある。罪悪感を消すための技法のようだ。


 信じることを続けるためには、相手が意図的でないにしろ自分を期待を裏切らないように努力する必要があるように思う。その努力をしないで信じているというのは少し傲慢ではないだろうか。


以上
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by ma2mura | 2005-03-19 04:58 | 考えたこと

失って初めて気がつく

 「失って初めて気がつく」


 身近な存在ほど失うまでその価値を理解することが難しく、失って初めて気がつくこと多々ある。だから自分にとって何が大事なのか考える必要がある。

気がつかない依存
 失う恐れのない強く信頼できる存在や例えば肉親のような存在は、完全な信頼が存在しているために、その人にどれくらい依存しているのか気がつくことは難しい。完全な信頼は、裏切られることや自分の周りからいなくなることを考えなくて済むからだ。だから、わがままをしても裏切られることがないと信じることができるのではないだろうか。

普通
 完全な信頼には自分に素直に感情を思うだけぶつけることができる。つまり、わがまま言いたい放題を言えることになる。何を頼んでも聞いてもらえると心の底から思っているため感謝の気持ちはその時には存在しない。頼みを聞いてもらえることが普通で、聞いてもらえないことが普通ではない状態なのだから、そう思うのも仕方がないのかもしれない。

無知
 しばしば無知が原因で、自分がどれほど依存しているのか理解することができない場合が存在する。自分が同じ立場になった時に初めて気がつくことになるのだろう。自分がやったことのないことを想像し理解することは非常に難しい。だから、失ってしばらくして自分が同じ立場になってから気がつくことになるだろう。その時のショックは大きいだろう。

見返りを求めない親切
 完全な信頼は、見返りを求めない親切でもあるように思う。見返りを求めないための問題点が上に書いたとおりのこととなる。時には親切をしないことで相手への感謝を強要する必要があるように思う。それは、大事な人を失って初めて気がつく時にはショックが大きい。見返りを求めない親切もやっかいな問題を抱えている。全く見返りを求めないというのはある意味良くないのかもしれない。


 いかに身近で信頼が厚くとも、常に何かをしてもらう時は素直に感謝をすることが大事なように思う。いなくなった後に、感謝の気持ちを相手に伝えることは難しいためだ。そうしなければ、悔やむことになるだろう。


以上
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by ma2mura | 2005-03-18 06:04 | 考えたこと

試練

 「試練」


映画や小説でよくある台詞として「神が我に与えた試練である」という台詞がある。これは困難な問題にぶち当たったときに、自分が神に試されているから頑張ろうという台詞であるように思う。

試される
 人々が正しい心を持っているのか、神が問題を起こして人々を試すことを試練と呼ぶように思う。起こった困難な問題に対してどのような行動でそれを解決に導くのか、神によって試されている。そして、その試練の行動により神が判断を下すことを意味するように思う。

注目される
 神が試練を与えるのかは知らないが、人々も問題への対処により問題に対処する人を試すように思う。何か問題が発生した時、その問題の対象となる人は注目を浴びることになる。注目を浴びる理由は色々だ。好奇心で注目する人もいれば、助けようと思い注目する人もいるし、あらを探そうとして注目する人もいる。

記憶に残る
 注目を浴びれば人々の記憶に残ることになる。記憶に残れば、それは事あるごとに語られることもあるように思う。問題が大きければ大きいほどに後々まで語り継がれることになる。

人に試される
 記憶に残った話は事があるとその度に語られることになる。噂を聞く時には、人となりを聞くよりもその人がどんなことをしてきたのかを知る方が、その人の評価として信じやすいのだろう。そして話を聞いた人はその時に良いか悪いか等を判断することが多いように思う。そう、そこで試されていように思う。


 問題に対して前向きな対処をすれば、それはいつか報われることが来るように思う。逃げずにちゃんと問題に対処した方がよいと思う。


以上
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by ma2mura | 2005-03-16 03:50 | 考えたこと

努力のたりない人の邪魔者

 「努力のあまりしない人の邪魔者」


 何かをやりたいことあるが努力をあまりしない人の周りには、かなりいやな邪魔者が存在することが多いように思う。

邪魔者
 努力をしない人が努力をしない理由をでっち上げるために作り上げた人のように感じる。自分がやりたいことをするのに、多少なりともの邪魔をしている人物を悪役としてでっちあげることが多いように思う。周りの人間にや自分自身に、努力をしない納得できそうな理由を作るために邪魔者は作られるように思う。

具体的な邪魔者
 でっちあげているだろうが、多少なりとも邪魔をしていることもあるように思う。邪魔をする理由は、善意からや邪魔をすることで自分に利害が及ぶ人だと思う。善意の邪魔者でいえば子供と親の関係や生徒と先生の関係。自分に利害が及ぶ邪魔者でいえば、会社の上司と部下の関係に当たると思う。好きで邪魔する人は少ない、たいていの人は嫌われたくないからだ。それなのにあえて邪魔をするには相当な理由があるように思う。

邪魔者の正体
 努力をしない人が何故邪魔者だと感じるのかというと、邪魔者が本当は正しいことを言っているあるいは強制しようとするからだと思う。正しいからこそ否定できないのでゆがんだ形として邪魔者を作り出すのではないだろうか。本当は、努力していない自分が悪いということを認めたくないがために作り出す幻想なのではないだろうか。

邪魔者の抹殺
 どのような形だろうが邪魔者を抹殺しても、邪魔者はまた現れてしまうのだ。一人自分の周りから抹殺しても邪魔者は消えず、よくある推理小説の連続殺人事件のように次々と殺していかなければならなくなる。邪魔者が存在している理由が自分の中にあることに気がつくまで、次々に代わりの邪魔者が現れる。そう、努力をするまでついて回るのだ。


 自分中心に考えるのではなく、邪魔する人が邪魔をする理由を理解して欲しいように思う。逆ギレで殺すのだけは勘弁してやって欲しい。


以上
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by ma2mura | 2005-03-05 16:51 | 考えたこと

「~とは」がない

 「「~とは」がない」


 ネットでいろいろ探すことが多いのだけれど、日本のサイトに少ないのがそのサイトの目的とかそういうのが書かれていないことが多い。知らないことを探している時に一番最初に困ることだ。

about us
 全部が全部でないが日本のサイトの特徴は、知っている人に対してだけに公開をしているようなサイトだ。知らない人には不親切なのだ。たいていの英語のサイトでは「about us」と書いてそのサイトの趣旨を説明している。趣旨によりそのサイトが何を公開しているのかや目的などを知ることができる。

どんなことができるの?
 ソフト等を公開しているサイトでも辛いのは、そのソフトはいったい何ができるかが書いてないサイトだ。「だから何ができるんだよ」ってところが多い。知っている人にしか公開していないような感じだ。実際使ってみないと何もできないような感じになっている。半分泣き寝入りでインストールせざるを得ないようになっている(わざとなのかな?)。

一見様お断り
 日本人の気風として、知らない人にはサービスを提供するのを嫌うのだろうか。恥ずかしいから、知っている人たちだけで隠語等を使い楽しむのが好きなのだろうか。知らないジャンルを勉強するのには難しい。もしかして、これが縦割りの原因なのだろうか。


 なんとも知らないことが多い僕としては改善してほしい点だ。


以上
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by ma2mura | 2005-02-25 16:18 | 考えたこと



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