ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

カテゴリ:人について( 52 )

才能ある一方的な人

 いつも元気で一方的に主張を通そうとする人が知り合いにいた。一方的で自己中な人は、よくいるが、その人はかなりの正論を突いてくる人だった。

あまり間違っていない
 あまり間違っていないこと、かなり正しいことを強く言う人だった。色々人がいて、その人たちよりも正しいと思われる内容を強く言う人だった。つまり、間違った人に強く意見(どちらかと言えば怒鳴る)をいう人だった。多くの事で正しいことを言うために、自分に自信があるのだろう。そして、なまじ体育会系の人なので根性とかがある。

 がんがん突っ込んでいくことが正しいと信じているのだろう。これは、リーダー的な資質を持っているとも言える(僕は、このようなことができないので少しばかり批判的になってしまうのは許してください)。

中途半端な才能
 半端な才能ほど邪魔なものはない。人よりも秀でていて、周りの人よりも正論が言えてしまうことが多い人は、傲慢になってしまう。周りよりも才能がある程度では、成功(仕事とかの)はつかめない(才能とは別に運とかがあれば問題ないが)。そして、出る杭は打たれてもへこたれない根性で、前に進んでもやはり失敗するのだ。

一人の限界
 ここで書くことは、人足が足りないからという一人の限界ではない。一人で物事を進めるということは、多くの立場を自分の中に確立することになる。仕事で言えば、営業と技術とマーケティング等の立場だ。よく聞く話に、「営業としては」とか「技術としては」とかだ。技術の立場のままに、営業に行ってはなかなか成功するものではない。これを回避するには、自分の中で多重人格のように、その立場での思考を構築する必要があるのだ。

 2種類の立場を頭の中に構築したとしても、それだけでは足りないのだ。実際にはもっと多くの立場が存在している。だから、人が一人ではやっていけないのだ。小規模な仕事等では、一人でできることもあるだろう。だが、事業を大きくしていくに従いすぐに限界をん見ることになるだろう。

一方的な人が成功するには
 一方的というのは、周りの人々よりも秀でるのは基本で、世の中の流れを読めないと成功し難いと思う。複数の人で行えば、感性も複数あり世の中の流れを読める確率が単純にあがってくるだろう。他の組織が、複数の人間で決定を下しているにも関わらず、それに一人で立ち向かうのは難しいということだ(もっとも周りの組織も、同じく複数の人間で動いていれば問題ないのかもしれない。)。

人の意見を聞いていると言う
 自分の意見を言うだけ言って、ちょっとだけ相手の意見を聞いて終わりにする。そこに間違いがあるなんて気がついていないのだ。強気に多くしゃべれば、意見等言い難いし、そういう人はきちんとした資料など用意しない(自分が一方的になれない時には、そこそこ才能があるから用意したりするのだ)。話も早いし(意見を聞くきもないし、話ている自分に酔っているから)、どこで意見を言ったりすれば良いのかわからない。

影で批判がはびこる
 影で批判がはびこってしまう。それにもめげず根性を出してしまうのだ。そして疲れる。運良く成功するとこれまた大変なのだ。周りの人が疲労してくる。そして、成功が続かない確率が高くなるのだ。


 自分が何をしているのか、知らないというのは辛い。。。


以上
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by ma2mura | 2004-10-30 19:38 | 人について

悪口を言う人

 大学時代の先輩に教授の悪口を言いまくる人がいました。かなり頭の良い先輩でピンポイントに教授の悪口をわかりやすく、感情的に説明してくれました。余程、教授に対してストレスをためていたのでしょう。

悪口は、言う人のこと
 悪口を言う人は、自分の悪いところを相手の悪口として話ていることが多い。彼も例外ではなく、結局は自分のことを話していたようだ。類人嫌悪と言うものだろう。全部が全部そうではないかもしれないが、多くはあたっていると思う。

 多分、相手の悪いところを理解しないと悪口は言えないからだと思う。理解できることの多くは自分も同じで共感できるということ。つまり自分と同じところを理解しやすいのだ。

 悪口を言う人は、自分の嫌なところを相手に説明していることが多い。恥ずかしくないのだろうか。言うのであれば、自分と同じかもしれないと考えた上で話すべきだ。


感染する
 自分にないことで、相手の悪口を言った場合、それは自分に感染する可能性が高いと思う。人の悪い癖は感染するのだ。なぜなら、悪い癖は目立つため印象に残りやすい、それが潜在意識に残るのだろう。いつの間にか真似しているのだ。そして、悪口を言う人は多くの場合、人に共感してもらうために、きちんと正確に分析してしまうので余計に感染するのだ。

 本当に人の嫌な癖等を見たときは、さっさと忘れる必要があるし、二度と見ないようにする必要がある。そうしないと段々と似てくるのだ。だから、結局は「悪口は、言う人のこと」になってしまうのだ。


 「人の悪口は言わないほうがいい」というのは、この辺からもきているのかもしれない。結局、大学の先輩は悪口を言いまくって自分の欠点を僕に教えてくれた。なので対策は練りやすかった。「それじゃ教授と同じじゃないですか」が彼に対する口癖になってしまったのだ。


以上
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by ma2mura | 2004-10-08 21:47 | 人について

耐える人

 身近に耐える事が正しいと思っている人がいる。別名として「言わない人」としても良いくらいに何も言えない人だ。嫌なことや、気に食わないことを常に我慢する人。

見ない
 嫌なことは見ないようだ。出来る限り存在を無視する、避ける、忘れる、耐える。見ないから、自体を向上させることなどできないし、できるとも考えていない。一度見なくなった嫌なことは、時とともにゆきだるま式に肥大化し、肥大化した嫌なことはもう見ること不可能に近くなる。一昔前の日本人が政治に対して諦めていたのと同じ現象だ。

自分の殻に閉じこもる
 嫌な事から、自分を守るために殻を作る。彼女は、本の中に逃げ込む。人によっては、仕事やネットや、性的な快楽があるだろう。そこに一時的に逃げ込むのは、人はそんなに強くはないので決して悪いことだとは思わない。しかし、そこに逃げ込んで出てこなくなるのは問題である。

悲劇のヒロイン
 肥大化した、嫌なことを回避するために、正当化するために、自分を悲劇のヒロインのように思うようだ。自分が不幸の中に追い込まれ、それは自分が招いたことでなく、自分ではまったくどうしようもないことだと信じている。そして、悲劇に巻き込まれた自分に酔っている。そして、自分の綺麗な悲劇のヒロインになるように、自分の記憶を変更する。

 彼女は、自分の人生を悲観し、自分が努力をしなかったことを嘘の記憶で埋め尽くし自分を悲劇のヒロインのようにしている。誰も何故助けてくれないのだと思っている。いつだって自分を助けるのは、最終的には自分でしかないのだということを信じたくないために。

どうしようもないと思っている
 彼女は、嫌なことをどうしようもないと思っている。彼女の昔の嫌な出来事について聞いたことがある。聞いた内容は、やり方しだいでは嫌なことではないと感じた。嫌なことに対しては、いくらかやり方というものがある。彼女は、ヒロインになって自分に酔ってたので改善出来るなどと思わなかったようだ。


 時には耐える必要はあると思う、しかし常に改善していく努力と勇気が必要があると思う。耐えて不幸になるのは、普通の人から見ると辛いものだ。前向きに考えてほしい。


以上
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by ma2mura | 2004-09-22 15:13 | 人について

使えない部下を持つ人

 前紹介した決めつけるひとである。この人は、とても個性的でとても一つの特徴では語ることのできないくらいである。

 前にも説明したかもしれないが、この人はとても怒鳴るのである。口癖に近い言葉が、「ったく、使えねぇ奴ばっかりだな」という言葉だ。叱咤激励しているつもりなのかもしれないが、それは彼の言い訳で本当はただ本音を言っているだけのように聞こえた。とても、感情的な人なのである。

彼の周りの人たち
 僕から見れば、彼の周りの人間はかなり優秀な人で占められていたと思う。技術レベルは、かなり高いものがある。ハードに卓越した人や、ソフトに詳しい人各ジャンルに特化した人たちの集まった技術者集団だった。年齢も若い人から、中堅までそろっていた。

使うことができない人
 使えない人とは、言い換えれば使うことができない人と言うことだと思う。彼の周りには優秀な人が多かったが、彼はそれを使いこなすことができなかったのだ。だから、彼は「使えない!」と連呼するのである。だから、彼こそが「人を使うことができない人」なのだと思う。

人を選ぶ
 人を選ぶことができれば、選べば良いだろう。だが、面子が決まればその人材を活かすために徹するのが良いと思う。カエサルは、部下を選ぶことはしなかったそうだ。部下に合った様に仕事を与えていくのが、良い指導者と言えると思う。しかし、その活かせ方が部下とは合わないことがあるかもしれないが。

人の悪口は言っちゃ駄目
 人の悪口を言ってはいけない理由は、こういうところからきているのかもしれない。人を非難することは、時に自分の欠点をさらけ出すことなのだから。彼は「使えない」と人を大声で非難した、実はそれは「自分が人を使えない」と大声で曝しているのと同じなのだから。


以上
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by ma2mura | 2004-09-14 04:18 | 人について

群れて攻撃する人たち

 大学時代に、科のネットワークを管理する委員会に所属していた。委員長に担当の教授、副委員長に生徒代表というものだった。副委員長が仕事を何もしてくれないとの話だった。最初はあまり気にしていなかったのだが、そのうちにネットワークの実験をしたくなったので、干渉せざるを得なくなった。その時に、副委員長を攻撃し始めた人たちのことを書く。

 メーリングリストで色々依頼を行ったのだが理解をしめしてもらえなく議論が白熱し、そのうちメールが段々過激になってきた。よくある話である。軽く根回しをしてあったので、僕の賛同者がそこそこいた。

皆が嫌いだした
 時間が経過するにしたがい、皆が副委員長を嫌いだしたのだ。僕は、議論がかみ合わない程度だと認識していた。彼の意見と彼とは違うと考えていた。メーリングリストでは、ほとんどが彼と僕とのやり取りだったが、思っていることを投稿しない人たちが嫌い始めたのだ。僕が口火を切ったかのように、観覧していた人たちが僕に副委員長の悪口を語るようになった。

群れると怖い
 悪く言う人が集まり始めると、共鳴反応のようなものが起こり、さらに強調されるようだ。メーリングリストで、皆の前で色々やったので、そのことを知っている人が多い。しかも、メールなので記録に残ってしまったり、転送するのが簡単なのだ。また、その意見のやり取りをするのもだ。

 どうやら、僕と副委員長に関する議論を個人ベースでなされたようで、議論の結論が出て、賛同者が増えた模様だった。そして、賛同者は賛同者を呼んでしまうようだった。

妙な連帯感
 共通の敵を得て皆が連帯感を得たような気がした。なんだか、お祭り騒ぎで楽しんでるように見えた。皆は、自分が陥っている状況を把握しているのか不安を覚えた。きっと嫌うことはきっかけでしかなく、皆で嫌うことで連帯感を楽しむのが目的なのだろう。だから、本当はそんなに副委員長のことを嫌いではないのだろう。

 政治もこのような現象で動いているかもしれないと思ってしまった。もしそうだとすると、少し寂しい気がした。


以上
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by ma2mura | 2004-09-07 05:00 | 人について

感動しないコレクターな人

 中学の時の同級生に、何かと収集癖のある友達がいた。彼は中学時代クラスの人気者で、色々イベントを画策しては楽しんでいたようだった。発想がユニークで仕切るのが得意だった。体育会系で大学もスポーツ推薦だった。家は、田舎の少しばかりお金持ち。

収集癖
 小学校時代はお菓子のおまけ、中学校時代はパソコンゲーム、大人になってからは昔のパソコンやお酒等である。彼は非常にまめで、収集したものを管理するのが上手かった。しかし、面白いことに収集し終わったものには、興味がない様子だった。

 ゲームを収集しても、収集することが目的なので、ゲームを楽しんだりしないのである。きっと収集することが彼にとっての楽しみなのだろう。中学時代は認めなかったが、最近は自身で自覚し始め自他ともに認める収集家となった。

 インターネットが普及する前から、パソコン通信で色々情報を仕入れたりしていた。もちろんインターネットが普及すると、あっという間に自分のHPを作成してして、マニアなネットワークを構築してしまったのである。

義務のように
 彼は、収集したものにあまり興味がないのだ。つまり、飾って眺めてうっとりするような収集家ではないのだ。彼は、彼の収集しているのがすきなのである。義務感のように収集しているのである。量が増えてうれしそうにしているところも見たことがない。本当に収集しているだけなのである。きっと、昔は収集することが楽しかったのだろう、今は慣習のように収集を続けている。

辛いこと
 どのような趣味あるいは、仕事においても僕は感動がないと辛いと思う。感情が動かないということは、喜怒哀楽が感じられないということ、無感動ほど意味がないものはないだろう。もはや、ロボットと変わらないのだ。それは辛いことだと思う。


以上
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by ma2mura | 2004-09-04 22:13 | 人について

決めつけるひと

 昔上司だった人に、とても頭の回転が早く、技術力が高く勤勉で、物の表現の仕方を知っていて、体育会系のノリで強引なところもある人がいた。あっという間に出世していった人である。周りは彼が怒鳴り散らかしたりすることもあるので、恐れられていた。

一事が万事
 彼が僕によく言った言葉の中に、一事が万事という言葉がある。一つの事柄からすべてを推察できるということである。彼は、それを中心に考えているのか知らないが、人への評価や物の評価に限らず一事しか見てないかのように振舞うのだ。つまり、自分が一瞬出会った時の感じで物の評価を決めている傾向があるのだ。

 恐ろしいところは、その一瞬の観察の評価がかなりレベルの高い評価を行っている点にある。このため簡単には否定できないのである。

 一事が万事というのは、統計学と似たような感じを受ける。統計学は、多くの集合の中から、少数のサンプルを取り出し、多くの集合を推測するという考え方だと思う。統計学と同じだとすると、一事はサンプルということになる。ここで重要なのは、サンプルの量である。僕は、彼が一事と考えるサンプルの量が少ないと思う。特に人を判断するのに、短時間で色々と判断し結論を出すのは早合点過ぎると思う。

決めつけ
 彼は、早合点しすぎるのである。決め付けとは、早い段階で判断し結論付け、その結論が更新されないのだと思う。人や物は時間が経過すれば、変わるものである。評価とは常に変動するものだと認識し、常にサンプルの取得を行い続けなくては、正確な評価等し難いと考えられる。

決め付けによって起きる事
 決め付けることは、善悪についても同じであると思う。自分の味方か敵かすぐに判断して、敵だと判断したらすぐに攻撃を行う。もしも、迷いがあれば攻撃は中途半端なものになり、怒鳴りつけることは難しい。

 彼らは相手よりも先に、味方か敵かを判断し先手を打つことを目的としている気がする。あるいは、相手よりも先に相手を馬鹿にするのである。後手になってしまうと負け犬の遠吠えのようになってしまうという効果を狙っているのだ。

 きっと、攻撃から自分を守るために決め付けを行っているのだろう。

決断力
 決め付けとは、ある意味決断力と似ている気がする。決断力は、決め付けることができなければできないことでもある。正確に様々なものを評価するには、早期に決め付けることは正しくない、だが早々に評価をしなければならないことも多いだろう。
 だから、一概に決め付けると言う動作を批判してはいけない。ただ、決め付ける人という風に言われる人は、決め付け方が上手くないと言える。すべてはバランスなのかもしれない。


以上
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by ma2mura | 2004-09-03 15:01 | 人について

言い負かせる人

 前の会社にいた人で、とても頭の回転が早く人を説得させる術に長けている先輩がいた。一緒に仕事をさせてもらって、人と話をする方法や物事の進め方などを教えてもらった。仕事に関するバランス感覚も抜群だった。実に論理的で実践的だった。

 彼は、相手を言い負かすためのテクニックを色々備えている。ハッタリは十八番だった。

言い負かすためのテクニック
 彼の言い負かすためのテクニックは、詳細に場合わけされた問答形式のものだった。このことから、常に言われた時の回答を考えているのだろう。自分が会話している場合以外でも、こう言った方がいいのに、などであると思われる。常に僕の会話のだめだしをしてくれた。やはり、好きこそものの上手なれって感じかな。

なぜ言い負かす
 言い負かすことで、自分の立場をよくするという効果がある。議論等を行っても、得意技を使いたくなってしまうのは、しょうがないことである。また、自分が窮地に少しでも立たされるようであれば、使ってしまうのである。

 実は、それが目的で作られたシステムなのかもしれない。自分が窮地に立たされたとき、それに立ち向かうための手段なのかもしれない。負けず嫌いってことかな。

諸刃の剣
 その気になれば、自分が気に食わない意見を簡単に削除することができる。自分の認めたくない真実があった場合、言い負かせるので隠蔽してしまい、それが後になって発覚し大問題になったりもするのである。それに多くの意見を取り入れることができなければ、よりよいものを議論ができないと思う。

 言い負かすことができる人は、言い負かさない勇気が必要になるのだ。彼は、持論が覆されそうになると、時折言い負かし始め意見を聞こうとしなくなる時があった。それが、どんなに正しくてもだ。

 嫌なことを避けられるのに避けないでいるのは勇気が必要だと思う。ただ、出世はするのだろう。だから、問題は何もないとも言える。


以上
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by ma2mura | 2004-09-02 00:07 | 人について

疑問を持っている人

 高校時代に、見た目はちょっと硬派な不良っぽい友人がいた。工業高校だったので、柄の悪い奴らはそこら辺にたくさんいたが、そいつらとは異質な感じだった。野球部で、女にモテ手先が器用で要領がいい人だった。どうやら、口にはしなかったが家庭の事情が少しばかり複雑なようだった。

 彼は、常に様々な疑問を持っていた。常に僕に対して疑問を投げかけてくる人だった。それが彼の会話の手法なのかはわからなかったが、たいていの会話のスタートは疑問に思っていることだった。当時の僕は、自分の持っている知識を動員して、彼の疑問に答えるという一つの快楽を味わっていた。

 彼が思いつく疑問は、あまり人が気がつかないようでいて少し考えないとわからないような内容だった。僕は、答えは思いつくのだが、彼のような問題(疑問)を作成することができないことに気がついた。

不思議なものに気がつくことができる
 彼は、些細なことが不思議だと感じることができる人だった。きっと彼の頭の中は常にはてなでいっぱいなのだろう。彼にとっては世の中は不思議でいっぱいなのだ。色々なことに気がつくことができるので、人よりも多くのことを知ることができ、考えることができるだろう。様々なことに気がつく彼が、モテる原因はここら辺にあるのかもしれない。

学ぶスタイル
 当たり前だと思っている内容を、深く疑問に思うのだ。教科書による、頭へ詰め込む知識ではなく、まずは疑問ありきでそこから謎を解くというスタイルだ。両方できたらよいとは思うが、謎解きスタイルは、教科書の幅を越えて様々な疑問にであうことができる。より多くのことを学びたいと思えることの違いはあるだろう。あるいは、本人は学ぶという概念すら持っていないかもしれない。


 彼のスタイルは実に魅力的で、僕は彼のこの特徴に気がつき、それ以来色々疑問に思うことにした。すこし、人生が楽しくなった気がする。


以上
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by ma2mura | 2004-08-30 19:35 | 人について

仕事を好きなのに好きといえない人

 大学時代の後輩に就職して2,3年して会ったことがある。少し仕事って何なのかわかり始めてきた頃のことでした。彼女は、とても努力家でいて頑固なところがる人だった。そして、否かなためか世間体を気にするところがある人だった。

仕事が嫌いだという
 仕事の話になって話していると、会社で毎日遅くまで残業していて、毎日大変だという。そして、仕事が嫌いだと言っていた。僕には、とても不思議に思えた1年のほとんどを仕事についやしているのにも関わらず、仕事が嫌いだという。嫌い嫌いも好きのうちなのだろうか。

僕は仕事が好きだ
 生活時間のほとんどを占める仕事。それを嫌いな仕事に費やすのは、もったいないと大学の時の先輩に言われたことがある。もっともだと思う。だから、僕は好きなことを仕事に選び、できる限り好きなことをしているつもりです。

 しかし、仕事なのでそうは言っていられない時もあります。しかし、そんな仕事でも探せば面白いことがあると思う。ないのであれば、さっさと終わらせる方法を考えれば良いわけです。好きなことをするためには、努力が必要なのです。

 また、好きであれば仕事の効率も上がり成果も上がるでしょう。嫌々やっていては…誰も得をしないような気がする。この話を彼女にしてみた。

その後
 もう一度彼女と会う機会があった。その時も少し仕事の話をした。この時の彼女は仕事を好きと言っていた。僕は、仕事を好きと言えるようになった彼女を見て少し安心した。

 世の中には、周りの目を気にしたりして好きなのに好きと言えない事が多い人がいると思う。例えば、周りがみんな嫌いだと言っているのに、自分は好きと言えない人のことだ。群集心理とでも言うか、少数派は辛いのかもしれない。特に日本人は群集になって批判してくる。

 僕は、そういう束縛は嫌いだ。自由を押し付ける事も好きではないが、もう少し自由になっても良いと思う。


以上
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by ma2mura | 2004-08-28 17:13 | 人について



色々考えたことのきろく
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