ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

カテゴリ:人について( 52 )

不幸を押しつける人

 「不幸を押しつける人」


 知り合いに若い頃苦労していたにも関わらず、不幸続きでようやく幸福になれた人がいる。様々な問題を前向きに考え幸福をつかみ取った人だ。

自信になっている
 困難な問題を一つずつ前向きに取り組み、逆境をものともせず問題の解決を一人で行ってきたようだ。聞いているだけで大変さが伝わってくる。問題を解決してクリアしていったことが自分への自信につながっているようだった。きっと血がにじみ出るような努力に違いない。

困難な問題
 問題も多岐に渡っているようで、仕事・恋愛・家庭・子供等の様々な種類の問題に対して解決の努力を一人で行ってきたようだった。問題は色々あるがどれもが困難で難しく非常に解決には努力の必要のある問題だったようだ。

問題を大きくする
 とらえ方次第で問題とは大きくしたり小さくしたりすることができるように思う。その人は、大きな問題に取り組んできたと思っていたのもあるし、自分の取り組み方が下手なので問題が大きくなってしまったこともあるだろう。つまりその人が困難な問題を作ってしまった可能性が高いと思う。問題を上手く解決する人は、困難な問題だとも気が付かずこなしてしまう。

一人で
 実家の両親や兄弟は、ちょっとしたお坊ちゃまお嬢ちゃまのような感じの人たちでぬくぬくと育っていたため、頼りにすることができなかったようだ。事実か分からないが実家の家族の中で自分だけが、家族の身勝手な理由で苦労する羽目になっていたと感じていたようだ。

因果応報
 自分のやっていることは周りが鏡のように反射すると言っていた。だから実家の家族がぬくぬくとやっていれば、それなりの報いが返ってくると言っていた。それは一見正しいことのように思えた。その人は実家の家族が苦労せずにぬくぬくと生活をしているのを嫉んでいるかのように見えた。

不幸の押しつけ
 そして、その人の心の奥底で「あいつらも同じぐらい苦労しろ」という感情が見え隠れしていた。そしてチャンスが到来する実家の兄弟達に問題が起こったのだ。その時より困難な人生を歩んでいた自分の経験を生かすことができると思ったのだろう。彼らの相談に乗ることになった。そう、その人がやったことは今までの自分が問題を大きくしてきたようにして、実家の人たちの問題も大きくしていくことだった。


 ちょっと偽物の問題を解決してきた人が、自分の不幸と同じ目に周りを遭わせようとするように思う。本当に困難な問題を解決してきた人は、なるべく自分と同じ不幸な目にはあわせないように努力すると思う。


以上
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by ma2mura | 2005-04-10 09:37 | 人について

いじめる教官の役をする人

 「いじめる教官の役をする人」


 大学の時の厳しい教授の話。教授は「後になって楽しい思い出になる。」と言っていた。生徒のために厳しくしている風に言っていたように思う。

いやがらせ
 実際教授の話は本当になった。会社に入社し大学の先輩と話す時も、その厳しかった教授の話で盛り上がったりした。彼の厳しさは、理不尽な厳しさも伴っていた。同じレポートを持って行ったとしても、彼の気分によって合否が決められたりしていた。

わざとなのか
 彼のアシスタントをしていた友達に聞くと、その教授はストレスのためか十円ハゲができていたようだった。彼が自のままで行動していたのであれば、十円ハゲができることは納得できないのではないかと思う。僕の推測では、彼は誰もが嫌がる「厳しい教官役」をかってでているということになる。

共通の敵
 厳しい教官が一人の敵として認識され生徒間で共通の敵となる。共通の敵を見付けた時人は協力体制を取り始める。この協力体制は、敵が排除された後も強い信頼関係として残ることになることが多い。そして戦ったという思いは、同じ時期に戦っていなくとも戦った思いは世代間を超え共通の思いでなることもあるのではないだろうか。敵に対して自分はどのように戦ったのかとかで話しが弾む。

厳しくできる
 敵として認識されている人は敵だから周りから敵扱いされる。つまりろくな待遇を受けないということだ。そんな損な役回りをやってくれる人は、なんて親切な人だろうと思う。これこそ見返りを求めない親切なのだと思う。感謝すべき愛される人なのかもしれない。


 とは言っても話した感じ嫌な人だったのが正直な感想だったりもする。


以上
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by ma2mura | 2005-04-05 08:49 | 人について

いざというときの人

 「いざというときの人」


 高校の時に生徒と先生がケンカになった。先生が感情的になって生徒とケンカを始めてしまったのだ。それを冷静にとめた友人がいた。

唖然とした
 高校3年間ずっとその先生が担任だったのだが本気で怒っているのを見たのはその時が最初で最後だった。途中経過はよくわからなかったが急に先生は怒り出した。周りで見ていた人達はその光景を見て口を開けて呆然としていた。クラスでいつも偉そうにしているやつや、おしゃべりなやつが皆、その先生と生徒のケンカを見て何もできずにいた。

一言
 「早く止めろよ」。この一言によりクラスにいたみんなが我に返った。止まった時間が急に動き始めた感じがした。その後ケンカは難なく取り押さえられた。僕はこの時の「早く止めろよ」と言った彼がかっこよく感じた。誰もが動けなかったのに彼だけが冷静に事情を把握していたのだ。

言える人は少ない
 その後も「いざというとき」が存在した。いつも彼のように冷静な一言をいえる人がいるとは限らなかった。むしろ彼が特殊なようでそんな人はあまりいないことが分かった。彼のような人がいないと事態は改善されないままで終わっていくことが多かった。

助けようという気持ち
 いざというときに一言いえる彼の特徴を色々考えたが特に普通の人との違いは思い浮かばなかった。違いといえば、少しばかり責任感が強いところがあった気がする。彼は助けたいという気持ちが人よりも強かっただけなのだろうと僕は思う。

誰もが
 スーパーマンは誰もがいないことを知っているが、本当は誰もがどこかでスーパーマンがいると信じているように思う。でもスーパーマンはいない。実社会は誰もがかわるがわるに協力し合ってスーパーマンになっているように思う。昔の言葉で言えば「助け合い」という形で積極的にお互いを助け合っていたのだと思う。「助け合い」が僕は現実社会の「スーパーマン」だと思う。


 だから本当は誰もがスーパーマンになることができる。面倒だといわずにスーパーマンになるもの悪くないように思う。

以上
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by ma2mura | 2005-03-23 14:47 | 人について

直感で行動する人

 「直感で行動する人」


 論理的に行動するのではなく直感的に行動する人達がいる。特に悪いとは言わないが、それは単独行動をする上では効率が良いのかもしれないが、団体行動をする時には困難が生じることが多いだろう。

直感
 小学校の頃の人気者の一人に勘の鋭い人がいた。二つ道があったとしてどちらかが正解の道である場合、わからなくても運が良いのか勘が鋭いのかわからないが正解を選ぶことが多かったのである。確率としては2分の一であるはずなのに、彼は正解を当てることができるようだった。そして、その理由は「ただ何となくと」彼は言っていた。

直感にも根拠がある
 僕は直感が必要となる度に彼に理由を問うていた。二つの道の分かれ道のどちらかを選ぶときに、選ぶ根拠となる情報の量が全く違うことが分かった。二つの道は突然現れるものではない、そこに行くまでの道中が存在する。彼はそれらも判断材料にしていることがわかった。彼には単なる「二つの道」に見えるのではなく「一つは細い道、一つは太い道」等のように、人よりも細かな情報が多く見えるようだった。

周囲の状況を把握する
 彼が間違った道を歩かないのは、歩いている時にだけ情報収集を行っているのではなく。その前からの知識が使われていることが後々分かってきた。より多くのことを知ることで、選択が必要となった時により多くの情報を吟味して選択することができれば、周りの人よりも正確な選択が可能になるということのようだった。

論理的ではない
 以上のことを総合すると、とても論理的にやっているように思うかもしれないが。直感の優れた人はこれらを意識せずやってしまうことができるようだ。意識していないがために説明ができず「直感」という説明をしているようだ。直感の優れている人は、周りへの興味が人よりも強いのではないだろうか。


 女の感もこのような原理で動いているのではないかと僕は思っている。女は自分の好きな男性への好奇心が強いから直感で色々と見抜いてしまうのではないだろうか。怖い怖い。。。


以上
 
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by ma2mura | 2005-03-17 07:26 | 人について

悪い噂の人

 「悪い噂の人」


 大学4年の時に同じ研究室にいた同級生の一人に、かなり悪い噂を多く持つ人がいた。所詮は噂だと思いあまり気にしていなかったのだが、一癖ある人だった。

悪い噂
 研究室で一緒になり始めて会った人だった。知らない人だったので周りの人にいろいろと話を聞いていた。様々な悪い噂を聞いていたが、噂の内容の具体的なところはそんなに僕にとって印象は悪くなかった。しかし、問題にたいしてかなり嫌っている人が人数的に多いという印象を覚えている。虐めのようなこともあったようだ。その時のその人への僕の評価はそんなに悪くはなかった。

リストカット
 ある事件が起こりその人がリストカットの常習犯だということがわかった。周りにそんな人はいなかったのでどう対応すればいいのか全くわからなくなってしまった。その事件発覚後、事件に関与することになってしまった僕は、教授達からのこころの病に関する色々な話を聞くことができた。

噂の本当
 悪い噂が立ってしまっているからこころの病に罹ってしまっているのか、こころの病に罹ってしまっているので悪い噂が立ってしまったのか。それは僕にはわからないが、こういった事情は両方が相互干渉することが多いのだろう。教授達から彼女の背景を知ることにより、噂の本当を知ることができたように思えた。

嫌っていた人たち
 嫌っていた人達はかなりえげつない嫌い方をしていたようだった。きっと彼らはその人がリストカットをしているということは知らずにいたのだろう。そして今も知らないでいるに違いない。人を嫌うあるいは、虐めるという行為は人の人生に深く影響するようだ。


 僕は噂など当てにならないと思っていたが、「悪い噂には訳があることがある」とこの時から考え方を変えた。


以上
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by ma2mura | 2005-02-26 14:03 | 人について

親切が下手な人

 「親切が下手な人」


 他の人に親切をするいい人がいる。それは良いのだが、その親切が人に伝わらない不器用な人もいる。伝わらないだけであれば問題はないが、悪意に取られることもある。

近年の親切
 近年の親切は非常に難しい状況になっている。特に小さな子への親切は非常に難しい、親切と犯罪との区別が最初の段階でつきにくいからだ。犯罪は親切に似せて行われるためだろうと思う。強烈な悪意は、親切に近い形で現れることが多い。昔の人々はこの事を、「悪魔が忍び寄る」と言う言葉で表現したのかもしれない。

言わずに親切
 何をするのか言わないで、突然親切をしようとすることは危険である。人が驚くのは、予期せぬことで起こる。驚いた瞬間に、親切をしようとした人との付き合いが短い場合や少しでも信じられないと思っている人であれば、悪意の可能性を考えてしまうだろう。突然の行為が、親切とわかるまでの時間が長ければ長いほど、なんのつもりなのかわからないので疑ってしまう可能性が高い。突然の親切ほど、親しい間柄でしかやらない方が親切なのかもしれない。

悪意にとられた親切
 悪意にとられてしまった親切は、親切をしようとした人も悪意を持ってしまいがちだ。もし、後で親切だとわかったとしても、対応の仕方を間違えるとお互いにわだかまりが残ってしまうことが多いだろう。親切が悪意に変わることもあるかもしれない。こうなってしまうと悲しい不幸の連鎖の始まりになってしまう。

上手く親切をしなくてはいけない
 親切は、相手に親切だとわかってもらう必要があると思う。親切をしてやっている等を考えずに、相手との歩調を合わせながら親切を上手くする必要がある。そうすれば、お互いに楽しい時間を過ごせるようになると思う。独りよがりの親切ほど危険な親切はないように思える。


 人口が増え色々な人がいる中、人に親切をしたいと考えるのは難しいことになってきているように思う。


以上
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by ma2mura | 2005-02-14 05:46 | 人について

しなければいけないことをできない人

 「しなければいけないことをできない人」

 仕事をしていても、プライベートで付き合っている人でも、傍から見ればしなければいけないことをしない人たちがいる。なぜにしないのか、何もしていないようで何かをしているのだろうか。僕は長い間わからなかった。

「しなければいけないこと」は本当はあまりない
 「しなければいけないこと」は、本当は存在しない。極端な話、何もしなくてもホームレスのような生活を苦に思わないのであれば可能で、生きていくことができる。自分がしたいこと等がなければ、「しなければいけないこと」はあまりないのだ。

助けてくれる
 見ていられず助けてくれることもある。仕事であれば、そういう可能性が高いだろうし、家族のことであっても、同じに誰かが助けてくれる。過保護であれば、「しなければいけないこと」は極端に減ることになる。特に、弱い人には優しくしなくてはいけない世の中のようなので、強くなりたいと望まない弱い人はより弱くなってしまうだろう。うまく優しくしなければいけないので、かなり難しい。

正当化
 最初は、少しばかりの罪悪感からだろう。「しなければいけないこと」をどうやって実現するかを考えているフリをして、やらない理由を考え始めるのだ。周りに攻められそうな人がいればいるほど、その考察時間は長くなるだろう。「しなければいけないこと」を拡大解釈し、問題を置き換え、簡単には論破できない言い訳を長い時間をかけ構築する。

自分をもだます
 まずは、周りから言われることに対する正当化を行い、周りへの言い訳を作成する。次は、自分の罪悪感をだます必要があるのだ。自分をだましていかないと、重いストレスで耐え切れなくなるのだ。それを回避するために必死になるのだ。時間を与えても、言い訳しか考えることをしない。


 自分の正当化してしまうと、自分は何もしていないのにも関わらず、自分は良くやっていると思い始めるのだ。


以上
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by ma2mura | 2005-01-02 12:58 | 人について

無口で困った楽天家

 「無口で困った楽天家」

 無口で数十年も過ごしてきた楽天家は、自分の中に都合の良い自分像を作っているようだ。それが崩れない限りその人は幸せなのだろう。

人の話を聞かない無口
 人の話を聞かないというのはほとんど、人に興味がないに近いだろう。無口な人は、自分の考えの中に他人の意見が入ることは少ない。無口なので、会話が基本的に少ないため議論になることが少ない。そして人の話を聞かない人は、人の行動への興味がないため、ある意味世間知らずのようになる。つまり自分の作った自分に対するイメージを批判されることが少ないのだ。

消極的な自己中になる
 自分に対してのイメージは良いものに思える。批判されて始めて、自分の本当の姿が見え始めてくると思う。しかし、無口なために批判されない。たとえば、ちょっとした親切で、普通の人だと当たり前のことでも、自分の中ではかなり親切だと思い込んでいる場合等がある。普通は、「良いことをした」と誰かに話、「それを誰かがそんなの当たり前じゃないか」と言われ、真実を知ることになる。そうやって、自分が良い人だという風に思い込めるのだ。

引きこもりに近いのでは
 外に出かけていても、周りで起こる多くのことを自分の都合の良いように理解する。その事を、誰にも話さないので自分と外の世界とのギャップに気がつかない。どちらかといえば、気がつきたくないのかもしれない。自分か、自分の周りで何か問題があり、それを見たくないがために、こういった外界との接続を絶つ方法を思いついたのかもしれない。

目が覚めれば
 そういう人が目を覚ますと、そこにはどんな世界が広がっているように見えるのだろうか。数十年、自分の世界に閉じこもった人がそこから出てきた時には、どのような行動をとるのだろうか。今まで認識してきた世界が、まったく別認識の世界が広がる瞬間、歩んできた人生を真っ向から否定されるのだ。まるで、マトリクスのように感じるのかもしれない。


 目を開けているのはつらいなぁ


以上
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by ma2mura | 2004-12-24 05:24 | 人について

逃げる人

 「逃げる人」

 多くの嫌なことは、簡単に逃げることができる。学校が嫌だとしたら、学校に行かなければいい。会社が嫌だとすればいかなければいい。自分の嫌なことがあれば、見なければいい。逃げることは簡単なのだ。

ノミの心臓
 人は何故逃げるのか。それは、怖いから逃げるのだ。逃げる人は、現実を見ようとしない。目隠しで世の中を見ずに進むのは、怖いに違いない。それでも、目を開ける勇気がないのだ。目を開けている人から見れば、目を閉じる方が怖くて仕方の無いことなのだが。

記憶を消すのがうまい
 嫌なことと、逃げたことに対する罪悪感それからまた、逃げるために記憶を消す必要があるのだ。だから、よく逃げる人は逃げたことを記憶から消すのがうまい。都合よく忘れてしまうのだ。忘れるために、学習することがない。そして、同じことを繰り返すのだ。

逃げ始めると止まらない
 一度戦うことをやめ逃げ出してしまうと、次に戦い始める事は難しくなる。なぜなら、時間の経過と共に問題が発生するからだ。一つの問題から逃げ出すと、次に時間が経過して発生する問題との二つの問題を同時に処理しなくてはならなくなる。一つの問題でも手一杯なのに、二つの問題を同時に解決することは困難になる。だから二つになった問題から、また逃げ出す必要がでてくる。そして、問題が雪だるま形式で増えていくのだ。


 逃げるために、嘘をつき始める。他の人と自分に。他人への嘘は、いつばれるのか心配になる。自分に嘘をつき始めると、自分で何が辛いのかわからなくなり、それでまた辛くなる。現実逃避できるものが存在している間は、問題ないが。逃避から現実が見えた瞬間辛くなる。一種の麻薬のようにやめられなくなる。

そして年をとって
 どれくらい逃げても、影のように追ってくるものだ。そしていつか報いを受ける時が来る。問題が小さいうちに処理すれば問題ないのだが。大きくなって、襲ってくる。人間として成長することがないため年相応の判断ができないため、問題を大きくしてしまう。まるで、子供のうちにはしかにかかっていない人のように。とても辛い人生で、いつになったら死ねるのかを想像するようになる。


 前を向いてあるこうかな


以上
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by ma2mura | 2004-11-20 00:02 | 人について

磨かれていない才能のある人

 「磨かれていない才能のある人」

 磨かれていない才能のあると思う人をちょくちょく見かける。磨かれていないといっても、人よりも輝いているから才能があるとわかるのだ。

何故磨かれていないか
 理由の一つに野心が少ないということがあげられると思う。何かやってやろうと思っている人間は、何かに挑戦していく。何かに挑戦していくなかで、成功と失敗を繰り返し、自分にどのような才能があるのかが自覚していくのだ。野心でなくともよい、好奇心でも良い、才能を開花させるには、強い心というか感情が必要なのだ。

平等教育
 日本の平等教育は、全員に同じという意味だ。欧米の平等とは、チャンスが平等に与えられると聞いたことがある。この違いは大きい。日本は、やりたいかやりたくないかに関わらず平等に強制して教育を行う。欧米は、やりたいと望むのであれば誰彼なしに教育のチャンスを与えるというもの。押し付けではない教育とは、ゆとりではなく、こういったことなのかもしれない。

みんな普通だと思っている
 才能を持っていても自分が普通の人だと勘違いしていることが多い。人は誰もが自分が基準であるため、自分が普通だと信じ込んでいる。そして、お世辞が大い日本人は、褒められてもそれが本当に褒められているのかわからないから、自分が優れているのかわかり難いのだ。あるいは、みんな平等に褒められたりするものだから、褒められてもわかり難いのだ。

自己中な人が伸びる
 できる人に自己中な人が多いのは、普通の人はそんなに褒められていないと思っても、自己中の人は凄く褒められていると勘違いできるからというのもあるだろう。いろいろ勘違いできるのはいいことだ。

信じて欲しい
 磨かれていない才能を持つ人は、自分に才能があると気がついていないか、たいした才能ではないと思っている。他の人が、才能を持つ人の才能に気がついた時には、それを伝えて欲しい。そして、言われた人は少しでもいいから信じて欲しい。そして、挑戦して欲しい。

 すべては信じることから始まると思う。


以上
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by ma2mura | 2004-11-13 13:07 | 人について



色々考えたことのきろく
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