ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

2005年 01月 08日 ( 1 )

主語のない日本語

 「主語のない日本語」

 僕は、英語をしゃべれるない。しかし、普段から使っている日本語はそこそこしゃべれる。この日本語というものが、他の言語とどのように違うかについて興味がある。そこでよく言われるのが、主語がなくても話せるという特徴だ。

書き手の自由
 日本語は主語がなくても話たり書いたりすることができる曖昧な言語だと言われている。だが、主語を書いて話すことも可能なのも事実だ。話し手や書き手が、主語をつけるかつけないかを選択することができるということで、自由度が高い言語ともいえるだろう。機能的には、主語をつけなくてはいけない言語より、優れているということになるのではないだろうか。

読み手の不自由
 当たり前だが、聞き手や読み手には主語をつけて読むという自由が存在しない。話を聞いている時であれば、主語について相手に質問することができるが、書き物を読んでいる人はその自由は与えられていない。いろいろ推測しなければいけない。つまり、誤解される文章になる確率が、主語が絶対にある言語よりも高いということになる。

どこで省略できるか
 仲間内で話している分には、主語の省略はあっても暗黙的にわかることが多い。そして、日本は縦割りの社会であるため、仲間内以外での会話は少なくなっている。外部との会話する機会がある場合は、たいていが何を言っているのかわからないが、そのままにして終わることになるのが慣例になっているのではないだろうか。「何言ってるかわかんねぇ」と思って終わっている気がする。


 言語での束縛ができない以上、話す時のルールとしてローカルに設定して現状は回避しているように思える。多機能が良いのか、シンプルがいいのかは、難しいところだと思う。


参考資料:
金田一春彦「新版 日本語〈上〉」


以上
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by ma2mura | 2005-01-08 00:42 | 考えたこと



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