ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

2005年 01月 03日 ( 1 )

曖昧な考え方

 「曖昧な考え方」

 日本人は欠点として曖昧な点があげられる。しかし、曖昧にすることがそんなに欠点ばかりなのだろうか。最大の短所は、最大の長所と考えると曖昧だという短所も長所に変わると考えられる。

曖昧なわけ
 明文化してしまうと、日本人の特性として皮肉か嫉妬からかわからないが言葉尻をとって反発する傾向があると思う。ひっこみ思案なためか、反発は正面きって行われることが少ない。徒党を組み少しばかり強引な方法をとることが多いだろう。このため、きちんと言わないで曖昧にして物事を進める方が効率的なのだ。そして、極めつけは少しばかり悪い人がいるかもしれないが、基本的には性善説がなりたつので、それでも問題は起こらないのだ。

概念化
 物事を曖昧にするということは、文字や言葉にしない、つまり明文化しないということだと思う。明文化しないということは、概念だけで捉えて行動するということになる。明文化された定義に、囚われない考え方ができるということではないだろうか。

自由な発想
 何も定義できていないに等しいので、自由に発想できるのだ。日ごろから、何事においても曖昧にしているため、子供のように考えることができるのではないだろうか。ちょっとした便利な概念を与えると、独創性の高いものを作り出すのではないだろうか。

すべてのことを明文化することはできない
 言語の制約などにより、すべての事柄を明文化することはできない。しかし、よりよい文章を作ろうと常に努力したのが西欧の考え方なのではないだろうか。それとは逆に方法、つまりできないことはしないと潔く切り捨てたのが、日本の曖昧な文化なのではないだろうか。どちらも一つの解であり、一長一短が伺える。ただ、長期にわたって存続する可能性が高いのは、明文化された方が利はあるだろう。


 刹那に生きる、日本人の魂なのかもしれない。


以上
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by ma2mura | 2005-01-03 22:25 | 考えたこと



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