ぶきっちょなんでも分解屋さん

スキー&スノーボード2004-2005

2004年 09月 18日 ( 3 )

マニュアル化

 マニュアル男とかマニュアル化とか色々な言葉があるが、なんとなく悪い意味で使われていることが多い気がする。僕が思うには、マニュアルがない方が問題のような気がする。

なぜマニュアル化
 みんな同じ動作だからとか、個性がないとかそんな感じだと思う。マニュアル化の仕方にもよると思うが、適度な自由度は存在していると思うし、そうあるべきだと思う。マニュアル化とは基本的な動作を規定するもので、応用はいくらかあると思う。


マニュアル化のメリット
1. 一定量のレベルの確保
 手段や方法などを明記しておくために、物事の一定のレベルの確保が容易になる。

2. 明確化
 マニュアル化することで、行いたいことを明確にすることができる。これにより問題点の把握等が簡単になる。

3. 責任の転嫁
 個人の裁量ではなく、マニュアル作成者の責任にすることができる。そのマニュアルにそって動いている限り、責任を問われることがない。


マニュアル化を行わないと
 多くの動作を多人数で行う場合に、人によってのムラが存在してしまうことになる。あるいは、動作を明確化できていないので議論しても論点が定まることは難しい。ある意味、マニュアルとは方針を詳細に規定したものだとも考えられる。

 これがないと、曖昧な指示しかない状態で上手くやれと言われているようなもの。そして、意見も言うことも難しい。マニュアル化を否定することは、詳細な支持はいらないと言っているようなもの。

ローマ人はマニュアル化が好き
 塩野七生のローマ人物語によれば、ローマン人はマニュアル化をするのがとても好きだったらしい。行軍スピードや、陣営の作成方法などが完全にマニュアル化されていたようだ。理由は、多民族であるために意思の疎通を明確に行う必要があったことや、予定の立てやすさ、一定のレベルの維持などにあると思われる。

 多分、わからないことが多いと人は不安になりやすい。不安になると争いごとが増えてしまうがため。それを明確にする必要があったのであろう。


 ローマに見られるように、マニュアル化することはなんだか悪いことのように思われるかもしれないが、それは必要なことだと思う。個性はその上に成り立つものだと考えます。マニュアルは絶対ではなく、もっと効率があがるのであれば、マニュアルを改善すればよいのである。


以上
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by ma2mura | 2004-09-18 18:31 | 考えたこと

ヘッドライン主義

 世の中の人の多くは、ニュース等を見るときにヘッドラインだけを見ているのではないだろうか。確かに電車の中吊り等を見ていると、かなり魅力的な内容が多く、その雑誌等を読みたいと思う。そして、ヘッドラインの内容を見てうんざりして斜め読みしかしないのかもしれない。

内容をきちんと読まない
 面倒くさがりなのか、せっかちなのか興味がないのかわからないが、内容をきちんと読まずに理解しないのだ。行間を読むなんて事等しなく、逆に行を飛ばしてしまう有様が多いようだ。そして、ちょっと勘違いがよく発生する。現代において情報の量は多大で、行間など読んでられないのかもしれない。

 仕事のレポート等も、概要も読んでもらえず、タイトルだけ見て満足し、口頭で誰か知っている人に聞くとういう行動が起こっていた。しかも、内容を勘違いすることが多かった。読む時間がないとういうが、勘違いで余計な時間を使っているのは勘弁して欲しい。

繰り返すニュース
 同じニュースを何度も繰り返すTV。これもヘッドラインだけを知りたいという要求を満たしているのではないだろうか。より多くのニュースを得ようとするのではなく、同じニュースを繰り返す。しかも、他のチャンネルでも同じ内容だ。

俳句
 日本の文化の一つとして、俳句があげられる。これは非常に優れた文化だと思う。僕は、この文化の延長上にヘッドラインしか読まない文化があるように思える。俳句の場合は、読み手によって色々な読み方をしても問題ないし、もう少し言えば色々な読み方が出来る方が良い俳句と言えるかもしれない。

 しかし、世の中のニュース等の事柄は正確に捉える必要がある。短い文章で正確に物事を捉えるのは、内容について熟知していれば問題はないが、熟知していなければ誤解する可能性が高いだろう。

長い説明
 逆のこともありうるかもしれない。多く語ることによる誤解の可能性だ。説明が中途半端だったり、上手くできなかった場合には、誤解されることがあるだろう。多分、言葉少なにものを説明する人々は、この理由からだろう。

掏り替え
 ヘッドライン等の短い文章等での理解は、すぐに内容を理解することができる長所があるが、いつの間にか勘違いや意図的に当初示していたヘッドラインの内容とは違ったものにいつの間にか変わることが考えられる。

内容を熟知していない議論
 ヘッドラインで知りえた内容の議論しか行うことができない。ヘッドラインだけの印象で議論を進めようとしてしまうので、お互いの言っていることがかみ合わないことが多い。議論にならず、お互い感情をぶつけ合うだけである。

 
 物事の本当の意味を探す努力を怠ってはならないと思う。わからないことは、わからないと認識して欲しい。わかったふりとは、一番真実から遠くなる動作だと思う。


以上
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by ma2mura | 2004-09-18 17:37 | 考えたこと

平和ボケ

 平和ボケってそんなによくないことなのだろうか。僕は、この言葉は平和に対しての褒め言葉なのではないだろうかと思う。悪い風に言えば「ボケ」かもしれないが、平和になるということは、ある意味ボケになることなのだろうと思う。



平和になるということ
 平和になるというのは、ボケる事だと思う。「武器なんていらないよ」なんて平気で言えてしまう、またはそう信じて疑うことがないということは、平和主義が完全になっていることだと思う。

システムがずさんなこと
 国防の問題等が平和ボケによって発生していると言われている。しかし、平和ボケなのと国防システムがずさんなこととは、あまり関係がないと思う。それは、単にシステムの構築者がずさんなだけなのだ。それを平和ボケと言われても困るのである。それは単に、システムの構築者がボケなだけなのだ。平和ボケとは違う。

困った国民
 日本の国民が、海外の危険な国に行った時に、平和な日本と同じように振る舞い危険な行動をとってしまうということがあった。これも、日本が平和だから起こることで、平和でなければ起きないことだ。平和という意味から考えるととても自慢できることだと思う。

 平和ボケって言われてむしろ喜んで良いくらいだと思う。それくらい日本は平和なのだ。ある意味、今までの国で出来なかったことをなしたのだ。誇りに思っても良いと思う。


以上
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by ma2mura | 2004-09-18 08:58 | 考えたこと



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