「礼儀」
日本人は礼儀正しいことで有名であるが、近年それが崩れてきていると言われている。僕もその例外ではないが、礼儀が何故存在するのか考えてみた。 礼儀と資格 現代を生きるには、手に職をつけなくてはいけないと言われている。その簡単な例として資格を取得することがあげられる。僕は、礼儀とは資格の一つであると思う。資格は、特定の分野における知識を持っていることを証明して信頼を得るものだと思う。礼儀をわきまえる人は、仕事もきちっとわきまえてしてくれるような気をもたせてくれる。これも一種の信頼だと思う。礼儀をわきまえた人は、仕事を最後まで責任を持ってまっとうしてくれると思わせてくれる。 同属意識と忠誠の証 礼儀とは、同じかたちをとると言う行為だと思う。礼儀とは複雑で難解だ。初めての人は、戸惑うことが多い。それを先輩に教わることにより少しずつ理解する。このことで、先輩は優越感に浸ることができ、後輩はへつらうことになる。ここで従属関係が構築され、それは組織へへの従属の忠誠を表す行為になる。そして、同じ礼儀を守る人が多くいれば同属意識も芽生えるだろう。そして、同じ行動をする人は比較的信じることができるように思える。他人を信頼する或いは、信頼されるためには非常に有効な手段なのだ。 礼儀の価値 礼儀を守れば、忠誠を誓ったとさせたり同属だと信じさせることができるとちょっと前の世代の人多くが気がついた。そう礼儀さえ守っていれば、何をしても良いと考えるようになった時代がある。そうなりはじめると礼儀を守っている人が嘘っぽく見え、信頼できなくなり始めるのだ。 一つの評価基準 日本人の多くは、人を評価するのに礼儀を用いた。礼儀を守る人に悪い人がいないと思うぐらいに信じていたと思う。しかし、礼儀を欠く人が多くなり人を評価するのが難しくなっている時代だと思う。そして、礼儀を知らない人が増えているということは、礼儀を守っている人がいてもそれに気がつくことができなくなっているということだ。本当に人を見る目が必要になる時代だということだ。 現代は礼儀がなくなり、学歴や会社等がしっかりしていてもどうなるかわからない時代になっていると思う。逆に言えば、基準がなくなった自由な時代とも言える。どう取るかは、本人次第だ。 以上
by ma2mura
| 2004-11-29 08:21
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